村中璃子 (医師・ジャーナリスト)

 3月16日夜、TBSのNEWS23では「“子宮頸がんワクチン”と示された写真だけが緑色に光る画像」が映し出された。ある実験に用いたマウスの脳切片の画像である。
 信州大学第三内科(脳神経内科)教授(兼副学長、兼医学部長)の池田修一氏が班長を務める厚生労働研究班は、子宮頸がんワクチンが「自己免疫」というメカニズムで少女たちの脳神経に障害をもたらす、という仮説に立って研究を進めていた。自己免疫とは本来は異物を攻撃する免疫が自分を攻撃してしまうこと。NEWS23の画像は、その日の午後、厚生労働省で行われた成果発表会で池田班が用いたスライドを元にしたものである。

 池田教授はNEWS23に対し「明らかに脳に障害が起こっている。ワクチンを打った後、こういう脳障害を訴えている患者の共通した客観的所見が提示できている」と語った。3月16日の発表直後、筆者は池田教授にマウスの数、ワクチンの投与量など、スタディのデザインや条件を詳しく教えてくださいと問い合わせた。すると、池田教授は「マウスの実験は私ではなく、信州大学の他の研究者が発案して実施しております」と責任の所在を濁し、「詳細は研究のオリジナリティと論文作成のためお話しすることはできません」と、一切の回答を避けた。

 “他の研究者”とは誰なのか。周辺取材を重ね、それがこの4月に信州大の准教授から関東圏の新設大学の教授職に転出したA氏であることを突き止めた。

実験担当者の供述


 去る6月3日、再三再四の申し入れに対し、ようやく取材に応じたA氏は、耳を疑うような発言をした。

 「他のワクチンを打ったマウスでも緑に染まりますよ」

 A氏が語ったことの詳細は、Wedge7月号をご覧頂きたいが、そのポイントをまとめると次のようになる。

1.示された画像は、子宮頸がんワクチンを打ったマウスのものではなく、遺伝子異常のある特殊なマウスに、ヒト換算で100倍もの量のワクチンを接種して採取した血清(血液の液体成分)を、正常マウスの脳にふりかけて得たものであった。

2.使用したのは、飼っているだけで数カ月もすれば加齢により神経細胞死が生じる特異なマウス。また、ワクチンを打っていなくても自己抗体(異物ではなく自分を攻撃する異常な免疫)が生じるマウスであった。

3.つまり、光っていたのは脳に反応して沈着した自己抗体ではなく、異常マウスから採った血清に含まれていた自己抗体。そのため、子宮頸がんワクチン以外のワクチンでも、また生理食塩水であっても、強く緑に光る画像はいくつもあった。

4.子宮頸がんワクチンだけが光った画像とグラフは、数あるマウスの脳切片の1つ(N=1)にたまたま起きた状態である。科学的な意義は限りなくゼロに近い。しかし、池田教授はこの組み合わせのスライドだけを選んで公表した。

5.この実験の結果がどうであれ、子宮頸がんワクチン接種後に脳神経障害が生じているとする少女たちの症状に結び付けて考えることは一切できない。


別のマウスに"ふりかけた"


 人間には血液脳関門(blood-brain barrier、 BBB)と呼ばれる、脳の神経細胞を有害な物質から守るための関所のような組織がある。血管は人間の体に様々な物質を運ぶ役目をするが、生命の中枢である脳だけは、血管との間に強固なバリア機構があり、血管が通っているからと言ってどんな物質でも脳に届くわけではない。脳の障害を疑うという子宮頸がんワクチン副反応問題でも、ワクチン薬剤が本当にBBBを越え、脳に何らかの影響を及ぼしているのかが最大の争点となっていた。

 しかし、実験では、もともと極めて自己抗体のできやすいノックアウトマウスに、子宮頸がんワクチンをはじめとする各ワクチンを接種し、血清(血液の液体成分)を採取。その血清を、別の正常マウスの脳切片にふりかけて撮った画像なのだという。

 実験者は、ワクチン薬剤がそう易々とBBBを越えないことは十分承知していたのだろう。そのため、自己抗体を生じさせた別の異常マウスからわざわざ血清を採取し、正常なマウスの脳切片にふりかけたのだ。

 実験で投与したというワクチン量の50マイクロリットル。これは、換算するとヒトへの投与量の100倍以上だ。一体何がしたいのか。投与量については、Wedge7月号(6月20日発売)にマウス実験の記事を発表した後に、A氏に改めて質問をしたが、納得のいく回答は得られなかった。