著者 daponte(東京都)

 この国の存立・発展にとって必須の要素はなにか。しばしば主張されることのひとつに「教育の改革、人材の育成」がある。そのとおりではないかと思われる。国の存立・発展のためには、各層・各分野における「人材の育成」が根本であろう。ただそのためには、あるべき教育についての確固たる理念、実行へ向けての強い意欲・覚悟が必要である。また財源(資金・予算)も大切で欠かせない要素であろう。

 2020年に予定されるオリンピックの東京開催など短期的なテーマで毎日喧しいが、今こそ長期を展望した喫緊のテーマ、すなわち「教育」について徹底した議論を早急に行い具体的な施策を決定・実行すべきである。その重要な当事者は、中央政府、なかんずく総理大臣であろう。またそれを支える官僚・教育の現場の人たちであろう。

 しかし、お金を握っている財務官僚が「国は貧乏で金はない。破産状態だ。教育なんぞに気前よく金を出せと言われても簡単には出せない」と考えているようだ。

 今春、消費税が3%引き上げられた。それをもっとも喜んでいるのは財務官僚であろう。財政再建の第一歩が踏み出されたように見えるからである。財務官僚は、「消費税の8%、10%は当然、将来は15~20%への引き上げも視野に入れるべき」と考えている。そして「日本の政治家はもっと日本の財政の現状に留意すべきであろう」と述べている。はたしてそうだろうか。

 財務官僚OBの榊原英資氏は、2013年10月2日の産経新聞「正論」で過去の数字をあげて「財務官僚としては新しい結論」を導いているように思われる。すなわち、「日本政府が大幅な財政赤字を出し続けていられたのも、日本の家計や企業の資産が増加し続け、それでファイナンスできたからだ。国債の発行を外国に依存する必要がなかったからだ」と書いている。そのとおりだ。

 以下の式とデータをしばらく眺めていると、上記のことが納得できる。

 経常収支=(民間貯蓄-民間国内投資)+(政府収入-政府支出)・・・ISバランス式
 ここで民間貯蓄とは国民所得から民間消費と政府収入(税金等)を差し引いたものである。右辺の第1項が民間部門の貯蓄投資差額、第2項が政府部門の貯蓄投資差額と呼ばれる。そしてわが国の国債の所有はほとんど国内で占められている。

 ただ、榊原氏がこんなことを言うのは初めて聞いた。

 彼らは今まではこう言ってきた。「高額の国債を発行し続けると、金融マーケットは政府の償還能力に疑問を抱き、その結果国債の金利の高騰が避けられない。国債の支払い金利は激増し財政は破綻する。政府予算は組めなくなり、その機能は停止せざるをえない」と。しかし、上記の彼らの「新しい結論」が言っているように家計・企業の黒字が国債の原資となり、国債金利は暴騰しなかった。彼らが今まで主張してきたことは、嘘八百だったのだと言わざるをえない。

 榊原氏はさらに「経常収支が黒字を維持している間に財政再建をしなくてはならない。再建のために残された時間はそれほど長くは残されていない」「経常収支黒字は急速に減少し、貿易収支は2011年から赤字に転じている」と主張している。本当にそうなのだろうか。

 最近のdataを要約すると以下のようになる。

国際収支一覧(財務省HP)


政府(中央政府のみ)の資産・負債バランス
          資産     負債    バランス
 2009年末    647兆円  1,019兆円  -372兆円
 2012年末    628      1,088      -459

個人保有の金融資産残高
 2012年末   1,570兆円

 榊原氏も言うように、わが国の対外純資産・負債バランスは世界ナンバーワンである。すなわち稼ぎ過ぎなのである。かりに経常収支が恒常的に赤字になり、たとえば毎年10兆円の赤字が続いたと仮定しても、わが国の対外純資産・負債バランスがマイナスになるには30年以上の年月が必要である。わが国は、当分PIGS※にはならない。

※編集部注 PIGSは、自力での財政・金融再建が不可能になったとみられる国を指す英造語。1990年代から使用例があり、2008年の世界金融危機以降に多用された。当初は欧州のポルトガル(P)、イタリアまたはアイルランド(I)、ギリシャ(G)、スペイン(S)を指した。

 また、1992年に比較して2013年の輸出は25兆円(年間)も増加しており、貿易立国は健在である。ただし最近になって原子力発電が停止されたため原油・LNGの輸入が急増している。またその価格高騰も輸入金額増加の大きな要因である。そのため貿易収支は赤字に転じた。ただ経常収支は激減したものの黒字を続けている。そして経常収支が黒字ということは対外純資産・負債バランスは増加を続けていくことを意味している。

 さらに付け加えるならば、所得収支はこの20年間に4.5兆円から15兆円へと、約10兆円(年間)増加している。これはわが国の企業や個人が外国で所有・運用する資産の増加によるものである。そして所得収支は今後とも増加を続けるであろう。

 以上を総合してみると、この国の対外純資産・負債バランスがマイナスになることは当分の間、想像すらできない。そしてその間国債市場が破綻することはない。

 また、榊原氏らは「国の借金が膨大だ」「国が破産する」と言っている。ただし榊原氏らが言う国というのは「中央政府」のことであり、国全体を指している訳ではない。「国」と言うならば企業も個人(家計)も地方政府もすべて含めて考えなければならない。また中央政府の借金は1,000兆円というのは嘘で、資産を差し引けば、約450兆円である。この額は個人保有の金融資産残高の3分の1にも満たない。

 さらに最終的に重要なことは国全体の借金が多いかどうかである。つまり国の対外債務の残高である。対外債務は「民間企業」「個人」「政府」の3部門の総負債から総資産を差引いた額である。かりにある国の対外債務が膨大になった場合を考えてみると、外国に対する借金の元本の返済と利息の支払に追われて、その国が必要とする食料やエネルギーを買うことができなくなる。つまりは国が成り立たなくなる。ところがわが国においては 3部門の合計でみると対外純債務は存在していない。それどころか事実は逆であって、わが国は膨大な対外純資産を有している。その額は世界一である。外国から持ちすぎだと非難されているくらいなのである。

 また国債残高が累積すると、将来の世代に借財を残すという議論がある。これもまやかしの議論である。確かに将来において国債を償還するためには、政府は増税によってその分の償還資金を調達しなければならない。したがってその点のみに注目すると将来 世代にとっては大きな負担ということになる。国民一人当たりに換算すると、約8百万円という巨額の負担になる。かりに10年賦にするとしても到底負担できる額ではないだろう。しかし 国債を償還するということはそれと同じ金額が国債保有者(わが国の場合はほとんど民間企業と個人=増税の負担者)に支払われるのである。全体ではプラスとマイナスで合計はゼロである。

 償還資金を受け取るのは国債保有者のみであり、不公平ではないかという意見が出そうである。それも間違いである。国債保有者はもともとその金額に相当する資産を費消せずに国債を保有したのであって正当な権利の履行を将来に延ばしたのである。国債を保有しなかった民間企業なり個人はその時点でその資産を別の形で所有するかあるいは費消したのである。

 最後に一般の金利水準が高騰した場合、国債の金利も上昇しそのため財政が破綻し、大幅な増税が不可避になるという考えがある。これも誤りである。金利が高騰するのはどういう時かというと、経済が過熱して生産手段が払底したり、遊休資金が不足した場合である。すなわちバブルなりインフレになった場合である。今わが国経済はこれと反対の状況に置かれているのであって、どうしたらデフレから脱却できるかが課題になっている。またわが国には1,500兆円もの個人金融資産が蓄積されていることに加えて民間企業にはかつてのような巨大な資金不足は存在していない。民間企業の設備投資資金はほとんど 自己金融でまかなっている状況にある。つまりわが国は構造的な資金過剰経済に変容したのである。金利が高騰する理由はどこにも見当たらない。

 それでも国債残高(中央政府の借金)が多いのは問題だというならば、簡単で合理的な解決策がある。国債の日銀引受けである。中央政府の概念に日本銀行を含めて考えるとこの解決策はまったく意味をなしていないという批判を受けるであろう。そのとおりである。借りる相手が個人や企業から日本銀行に変わっただけのことだからである。しかし、それでなにか問題があるのだろうか。かつて通貨は兌換券であったが、ある時日銀券に変わった。そしてなんら問題は起きなかった。それと異なる話であるが、それよりは問題がないと言えると思われる。つめて言えば国債というものは、民間企業や個人の借金と異なり、最終的には返済を要しない(その資金の源泉が国内であるかぎり)ものだという直感的には受け入れがたい実に奇妙な事実なのである。

 以上を要するに、国債の累積によってわが国が潰れることはない。そして国の存立にとって重要なことは、中央政府の借金の多寡などでは決してない。重要なことは、有能な人材の数とモラールであり、優れた技術の開発と伝承であり、確固たるインフラの構築・整備であり、国の安全保障が常に確保されていることである。強いて付け加えるならば、対外純資産・負債バランスがプラスであることである。

 国債亡国論によって、わが国の持っている巨大なポテンシャルが圧縮され続けてきた。ここ数十年にわたってのその損害は想像を絶する大きさである。国債残高の累増を懸念するあまり、この国の将来にとって必要不可欠な投資や諸施策の実行が先送りされ、あるいは防衛力の涵養が控えられてきたのである。

 教育・人材開発のためにもどしどしお金を使うべきである。子孫に借財を残さないことが大事だというならば、増税をして国債残高を減らすことに血道を上げるのではなく、立派な人材を各方面で育てることの方がずっと重要である。