小黒一正(法政大経済学部教授)

 アベノミクスの評価や今後の日本経済を展望する場合、最も重要な視点は、消費増税の再延期の影響や妥当性を含め、財政の持続可能性や各世代への影響をどう評価するかであろう。増税が不可避な理由は、社会保障を中心とする歳出削減も重要だが、それも一定の限界があり、日本の政府債務(対GDP)が終戦直前の200%を超え、先進国中で最悪の水準であるためである。

 政府債務(対GDP)が200%を超えても、利払い費が急増しないのは、日銀による量的・質的金融緩和(異次元緩和)で長期金利が低下しているためである。だが、それも限界がある。2015年時点での国債発行残高約800兆円のうち、既に日銀は約300兆円の国債を保有しており、毎年80兆円の国債買いオペレーションや約30兆円の保有国債償還分を考慮しても、単純な計算で約10年間[(800-300)兆円÷(80-30)兆円]で日銀は全ての国債を保有し、国債市場が干上がってしまう。厳密には、銀行や保険・年金基金等は資金運用のために一定の国債を保有する必要があるため、2017-18年頃に異次元緩和が限界に達する可能性があるとの指摘も多い。このため、財政再建を図る観点から、消費増税や社会保障の抜本改革は、もはや先送りできない喫緊の課題であることは明らかである。

 また、増税や歳出削減といった正攻法で財政再建を行う場合、日本財政に残された時間は15年程度の可能性が高い。米アトランタ連銀のアントン・ブラウン氏らの研究では、日本財政の持続可能性を分析している。具体的には、「実施シナリオ」(社会保障費の膨張を抑制せず、消費税率10%を維持するシナリオ)や「先送りシナリオ」(同様に、消費税率5%を維持するシナリオ)という前提の下、「政府債務残高(対GDP)を発散させないために、消費税率を100%に上げざるを得なくなる期限を何年まで先延ばし可能か」という分析を行っている。

 この分析に基づく場合、「実施シナリオ」では2032年まで持続可能であるが、「先送りシナリオ」では2028年まで持続可能であるとの推計結果を導いている。

 ここで注意が必要なのは、財政を安定化させるため、消費税率を100%に引き上げることは政治的に明らかに不可能であるということである。また、例えば消費税率を30%に引き上げて、残りの消費税率70%分に相当する歳出削減を行うのも政治的に不可能だろう。

 もっとも、現在の消費税率は8%である。このため、ブラウン氏らの研究を利用すると、追加の改革を行わない限り、2028年と32年の中間である「2030年頃」を過ぎると、もはや財政は持続不可能に陥る可能性を示唆する。上記の分析が妥当な場合、日本財政に残された時間は15年程度ということになる。つまり、「国家百年の計」でなく、「国家15年の計」が必要な状況である。
経済財政諮問会議であいさつする安倍晋三首相=首相官邸
経済財政諮問会議であいさつする安倍晋三首相=首相官邸
 このような状況の中、政府は昨年6月末、新たな財政再建計画を盛り込んだ「経済財政運営と改革の基本方針2015」(骨太方針2015)を閣議決定し、骨太方針2015では、2020年度までに国と地方を合わせた基礎的財政収支(PB)を黒字化する従来の目標のほか、2018年度のPBの赤字幅を対GDPで1%程度にする目安を盛り込んでいる。

 また、内閣府は2016年1月の経済財政諮問会議において、「中長期の経済財政に関する試算」(いわゆる中長期試算)の改訂版を公表している。同試算によると、楽観的な高成長(実質GDP成長率が2%程度で推移)の「経済再生ケース」でも、政府が目標する2020年度のPB黒字化は達成できず、約6.5兆円の赤字となることが明らかになっている。

 しかも、この「経済再生ケース」は、2017年4月に消費税率を10%に引き上げていることが前提となっている。だが、今年の6月1日に安倍首相は消費増税率10%への引き上げを2019年10月まで2年半延期する方針を表明した。