中原圭介(経済アナリスト)


 私はこれまで3年以上、黒田日銀の金融政策は間違いなく失敗するだろうと様々な媒体で申し上げてきました。その主な理由としては、以下の4点にまとめることができるでしょう。

(1)円安により企業収益が増えたとしても、実質賃金が下がるため国内の消費は増えない
(2)円安が進んだ割には、企業は輸出単価を引き下げないので、Jカーブ効果は期待できない
(3)中小企業の労働分配率はすでに高水準にあるので、トリクルダウンなどという現象は起きようがない
(4)世界経済は2005年~2007年当時と比べると、2013年の時点で欧州や新興国を中心に低迷している

 そもそも「インフレ期待」の失敗の底流には、以上の理由は別にして、その理論そのものが日本人の価値観と相いれない特徴を持っているということがあります。その点については、『経済はこう動く〔2016年版〕』の204~205ページの文章を引用したうえで、補足を加えさせていただきたいと思います。

 私から言わせれば、とりわけ日本人に「インフレ期待」を求めるのは、そもそも大きな間違いであると思われます。米欧社会の価値観では、「インフレになるのであれば、預金していると目減りしてしまう。だから株式を買おう。お金を使ってしまおう」という考え方が、100歩譲ったとして、21世紀型のインフレ経済でまったく成り立つ可能性がないとはいいません。

 しかし、それはイソップ童話の「アリとキリギリス」でいうところの、キリギリス的な発想です。平均的な日本人の価値観では、決してそう考えることはありません。日本人は「インフレになるのであれば、今から節約して生活防衛を心掛けよう」と考えるからです。いわば、アリ型の国民なのです。「インフレ期待」どころか、「インフレ失望」が働きやすいお国柄なわけです。

 今では、アベノミクスの実質的な失敗により、インフレ期待がまがい物だったことが一般の人々にも理解できるようになってきています。おまけに、日本社会の高齢化が進み、貯蓄を取り崩す年金生活者が増えている中、穏やかなデフレのほうが暮らしやすいと考える人々が増え続けてきています。

 そんなわけで、原油安によってデフレになるのは、国民経済にとって好ましい状況であるというのは、新しい経済の捉え方として常識になっていくでしょう。「原油安が誤算だった」と説明する日銀の目指すインフレには、いったい何の意味があるのか、私にはまったく理解しようがありません。日銀の黒田総裁は意固地にならずに、いい加減に日本人の価値観を理解する必要があるのではないでしょうか。

『経済はこう動く〔2016年版〕』より

G20財務相・中央銀行総裁会議が閉幕し、記者会見に臨む日銀の黒田東彦総裁
=4月15日、米ワシントン
G20財務相・中央銀行総裁会議が閉幕し、記者会見に臨む日銀の黒田東彦総裁 =4月15日、米ワシントン
 企業がグローバル化に成功するための秘訣は、進出した先での徹底した現地化にあります。徹底した現地化においては、進出先の国の歴史、宗教、哲学、文化、価値観、ライフスタイル・・・そういったものすべてをそのまま、ありのままに受け入れるということが前提となります。たとえ自分の価値観とは相いれないものがあったとしても、すべてをありのままに受け入れる努力こそが、今のグローバル競争には欠かせないわけなのです。

 実体経済を動かしているビジネスの現場では、こういったことが当たり前であるのに対して、経済学の理論では、すべての国々の人々が同じように行動するはずだという幻想が未だに信じられているようです。クルーグマンは自分の誤りを認め、「金融政策ではほとんど効果が認められない」と襟を正しましたが、クルーグマンの持論を最大の根拠にしたリフレ派の学者たちは意固地になりすぎて、軌道修正をできないままでいます。

 日銀の金融政策は破綻に向けて、一歩一歩近づいているといえるでしょう。マイナス金利は経済全体で見れば副作用のほうが多く、愚策以外の何物でもありません。現代の経済システムでは、金利は必ずプラスになるという前提で構築されています。マイナス金利はまったく想定されていないため、これから数々の副作用が経済を脆弱な状態へと貶めてしまうリスクが高いのではないでしょうか。

(2016年05月18日『中原圭介の『経済を読む』より転載)