集団的自衛権行使のための憲法解釈変更は、安倍晋三首相が今年5月、政府の有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)」から報告書の提出を受けて、記者会見で「政府の基本的方向性」を表明し、いよいよ本格的な議論が始まりました。

 政府が憲法解釈で「保有しているが、行使できない」としてきた集団的自衛権を行使できるようにするということですから、国の安全保障、国のあり方に関わる重要な問題です。それだけにマスコミが国民にどう伝えるかは極めて重要な問題だと思ったので、このコラムでは3回にわたり、朝日、毎日両新聞の主張への反論という形で見解を述べてきました。

 新聞だけではなく、国民に伝える役割の大きさはテレビも同じです。ただ、新聞とテレビはメディアの性格として決定的な違いがあることは踏まえておかなければなりません。それは新聞がそれぞれ独自の主張を掲げていいのに対し、テレビは「政治的な公平」が法律で義務づけられているということです。

 しかし、私からみると、たとえばテレビ朝日の「報道ステーション」と、TBSの「NEWS23」、「サンデーモーニング」の内容は「政治的に公平か?」と感じるので、今回はとくにこの3つの番組を取り上げて、テレビの政治報道のあり方について考えたいと思います。

 まず、報道ステーションは2014年5月20日の放送で、自民、公明両党の与党協議が始まったことを受けて、公明党の山口那津男代表をスタジオに招いてインタビューをしました。問題は質問の仕方と内容です。

 山口氏は集団的自衛権行使についてはまださまざまな疑問点があり、「しっかりと議論していきたい」という内容の発言をしたのですが、キャスターの古舘伊知郎氏は「だとすると憲法解釈変更というのは無理で、やっぱり正面突破の憲法改正でいくという順序立てはないですか」、「公明党は徹底的に納得できないと戦う決意はおありですか」、「どうも流れが逆にきているので、山口さんも幹部の方も頑張っていただいて、自衛隊員が死ぬかもしれないということと(戦後の)70年間の重みというものを前面に出そうと、会議の中で言ったらどうですか」などと質問しました。

 これらは明らかに「集団的自衛権行使のための憲法解釈変更には反対だ」という古舘氏自身のスタンスが打ち出されており、それを山口氏の発言で裏付けようとする意図が働いています。ましてや公明党に「頑張っていただいて」と発言するのは、キャスターとして「政治的に公平な伝え方」をしていると言えるでしょうか。

 また、NEWS23は5月19日の放送で、アンカーの岸井成格・毎日新聞特別編集委員が集団的自衛権行使のための憲法解釈変更に向けた政治スケジュールを説明したのですが、その中で今夏に内閣改造が行われると見られていることについて「うがった言い方をすると、(自民党の)野田聖子さんなんかの総務会にも慎重論、反対論があるんですよね。それから閣議決定するには公明党の太田昭宏国土交通大臣をどうするか、彼が反対したらできない。そういうことも含めて人事が焦点になってくるということなんです」と解説しました。

 夏の内閣改造が報道された直後から言いふるされてきたことで、ここで改めて解説することかと思ったのですが、「安倍首相は人事で反対論を封じ込めようとしている」と視聴者に印象づけたかったのでしょう。問題だと思ったのはこれに続く発言で、岸井氏は「だけども一番大事なことは、これだけ重要なことを何で一内閣の閣議決定だけで決めちゃうんですか。それでいいんですか。いまだになんで急ぐのか分からない」と述べました。つまり、安倍政権で集団的自衛権行使のための憲法解釈変更はやるべきではないと主張したわけです。

 古舘氏の質問も岸井氏の解説も、明らかに政治の、それも国民の意見が分かれているテーマについて、一方的な立場からの主張をしています。問題はこうした放送内容がテレビのニュース番組で許されるのかということです。

 というのは、テレビの放送内容は放送法という法律で規制されているからです。同法4条はテレビの放送内容について「政治的に公平であること」と、「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」を定めています。公正・中立な放送が義務づけられているのはNHKだけでなく、民放も同じなのです。

 新聞は誰でも発行しようと思えばできるので、憲法21条の表現の自由(報道の自由)に基づいて、それぞれの社が独自に政治的な主張を掲げることを認められています。これに対して、テレビやラジオは限られた電波を国から割り当てられた事業で、誰でも放送できるわけではありませんから、法律で報道の自由に一定の制約が課され、政治的な意図をもった主張は掲げてはいけないことになっているわけです。活字と映像・音声という受け手に与える影響の違いも背景にあります。

 しかし、古舘氏の質問や岸井氏の解説は、こうした放送法の規定に沿って政治的に公平な内容と言えるでしょうか。私は明らかに逸脱していると感じます。

 「選挙で特定の政党や候補を応援しているわけではなく、集団的自衛権行使という政策についての主張だから問題はない」というかもしれませんが、集団的自衛権の行使については報道各社の世論調査でも明らかなように、国民の意見は「賛成」と「反対」に分かれています。政党の意見も分かれており、どちらかの主張にたって放送することは、結果的に特定の政党を応援したり、批判したりすることになります。

 また、世論調査の結果を見ると、「どちらか分からない」という国民が多いようですから、それこそテレビの報道に求められているのは、特定の主張を打ち出すことではなく、「できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」によって、国民に理解を深めてもらうことであるはずです。

 そもそも報道ステーションとNEWS23の放送内容は、集団的自衛権に限らず、原発や特定秘密保護法、首相の靖国神社参拝など、国民の意見が分かれる問題について「政治的な公平」を保って伝えているとは思えない点が多々見受けられます。

 その大きな要因は、報道ステーションがコメンテーター(月~木用)に恵村順一郎・朝日新聞論説委員、NEWS23がアンカーに岸井氏を起用していることにあります。政治のニュースについて、前段部分でいくら賛成、反対両論を紹介して中立的な報道をしたとしても、締めくくりでコメンテーターやアンカーが特定の主張をすれば、視聴者に強い影響を与えることになります。

 私が見ている限り、恵村、岸井両氏のコメントは、多角的に論点を明確にするというより、それぞれの新聞社の主張に沿った内容であることが多いように思えます。新聞社はそれぞれの主張を持っているわけですから、特定の社の記者1人がコメントを述べればそうなるのは明らかで、そうした番組構成そのものに問題があるのではないでしょうか。

 新聞社の記者をコメンテーターにするなら、政治的な公平を考えて複数にするとか、どうしても1人をコメンテーターにするなら、新聞記者ではなく、有識者らに中立的な立場から論点の明確化にとどめて論評してもらうといった手法をとるべきでしょう。

 一方、ニュースではなく、ワイドショーではありますが、もうひとつテレビ番組で政治の放送内容に問題があると感じるのは、TBSの「サンデーモーニング」です。

 5月18日の放送ではやはり集団的自衛権行使の問題が取り上げられたのですが、コメンテーターとして出演した河野洋平元衆院議長は「総理はわが国を取り巻く環境は厳しいとしきりにおっしゃる。地球儀外交と称して世界中を飛んで歩かれるが、一番肝心の中国と韓国にだけは行かない、話もしない。どれが危機なのかを話し合う必要があるのに、そういうことをしないでただ危機をあおって、憲法の解釈を変えるという突拍子もない提案をするというのは理解できない」と反対意見を述べました。

 慰安婦問題に関する河野談話について一切語らない河野氏の事実誤認に満ちた能弁ぶりには唖然(あぜん)としましたが、それはいいとしましょう。問題は他のコメンテーターもそろって集団的自衛権行使反対の立場からコメントしたことです。

 その日の放送に限ったことではありません。この番組には毎回6人程度のコメンテーターが出演しているのですが、政治問題では全員がほとんど同様のスタンスでコメントをしています。こうした放送は視聴者にそのコメント内容が多数意見で、正しいと感じさせてしまう懸念があります。ワイドショーも国民の意見が分かれている政治問題についてコメントしてもらう場合は、賛成、反対のバランスをとって出演者を考えるべきではないでしょうか。

 テレビ局側には「権力が暴走しないようにチェックするという観点から、放送内容が政権に対して批判的になるのは当然」という思いがあるのかもしれません。しかし、そればかりが先行して放送内容が偏ってしまったら、本来あるべき「政治的な公平」に反します。間違っても「世論を特定の方向に誘導しよう」という意図があってはなりません。

 日本の政治は今、さまざまな問題で答えを出さなければならない時を迎えており、国民もそれらをどう考え、どう判断すべきなのか迫られています。それだけにマスコミがどう伝えるかが重要なのです。国民的な議論を深め、日本があるべき方向に進むために、新聞は情緒論ではなく、しっかりした取材にもとづいて論理的な主張を展開すべきですし、テレビの報道は、視聴者が問題の本質を正確にとらえて自由な立場から考えられるように、公平で多角的な論点を提供すべきではないでしょうか。

 今回取り上げた3つの番組の放送内容や構成には、特定の政治的な意図が反映されていることは明らかです。「この程度なら問題ないだろう」という判断なのかもしれませんが、「問題だ」と思っているのは私だけではなく、すでにそう感じている視聴者も少なくありません。

 3つの番組に限りませんが、各テレビ局は難しい政治状況を迎えた今こそ、政治報道のあり方について考え直してみる必要があるのではないでしょうか。「民放の公共的使命達成」を目的としている「日本民間放送連盟(民放連)」も政治報道がどうあるべきか、改めて基準を検討してもらいたいと思います。(高橋昌之)