安全保障政策の選択肢を提示するカギ


 現在、共闘する野党の安全保障政策をめぐって、与党から「野合」という批判が強まっているが、それは日本共産党を除くと、与野党間で安全保障政策に違いがないことの反映である。民進党が共産党と政策協議をするとして、その道のりが平穏でないことは確かだろう。しかし、民進党が与党と同じ政策にとどまっていても、やはり老舗の自民党に任せようということになるのである。民進党は、安全保障問題では何を維持し、何を変えれば、自民党とは違うというだけでなく、安心して命を預けられる政党として、国民に選ばれるようになるのか、そこをよく考える必要がある。

 そのカギは、普天間問題で変節したときの鳩山首相(当時)の言明にあると思う。多くの方の記憶にあると思うが、鳩山氏は、「抑止力の観点から海外は難しいという思いになった」「学べば学ぶほど抑止力(が必要)との思いに至った」と、「抑止力」を県外移設ができない理由として語ったのである。
鳩山由紀夫元首相(共同)
鳩山由紀夫元首相(共同)
 アメリカの抑止力に頼るということが、日本においては、安全保障の常識のように捉えられてきた。しかも、何が抑止力で、米軍をどう配置すれば抑止力として機能するかは、すべてアメリカが決めることになっているので、日本防衛の中心問題なのに日本には口出しができないのが現状である。鳩山氏の変節は、抑止力に頼る構造をそのまま是とする限り、日米関係を変えることはできないことを示している。

 ところで、抑止力依存は証明不要の公理のようになっているが、そもそも抑止力とは何なのかが大事だ。民主党の菅政権の時、抑止力の定義が閣議決定されたが、そこでは「侵略を行えば耐え難い損害を被ることを明白に認識させることにより、侵略を思いとどまらせるという機能を果たすもの」(2010年6月8日)とされている。「耐え難い損害」を与えるというのは核兵器を使用することを意味する。しかも、核抑止という考え方は、アイゼンハワー政権時の「大量報復戦略」とともに確立したことで分かるように(トルーマン政権の「封じ込め戦略」に替わり)、ただ核兵器を使用するというだけでなく、相手を全滅させるような軍事態勢をとることを意味している。実際、冷戦時は、ソ連や中国に存在する数千の標的に対して、瞬時に核兵器を投下することが想定されていた。

 抑止力に頼るということは、もともとはそういう考え方なのである。それを冷戦が終わって20年以上が経ってもそのまま受け継ぐのか。民進党が考えるべき問題はこれである。