旧来型の抑止が通用しない時代


 「敵」がソ連の時代には、抑止という考え方もあり得ただろう。何といっても、ソ連は世界を共産主義にすることを理念としていたわけで、西側諸国にとって政治的、経済的、イデオロギー的に相容れない相手だった。共産主義に魅力を感じる人も世界中にいたから、よけいに警戒感も強まった。なくなってほしい相手だったといえる。だから、軍事面でもそれにふさわしい壊滅の態勢をとるということは、西側諸国の政治支配層にとって自然だったわけだ。当時、野党が政権をとっても安全保障政策の基本は維持すべきだと主張する人は多かったが、西側の価値観の枠内に立つ限り、それも当然のことだったと思われる。

 いまわれわれが相手にしている中国は、当時のソ連と同様、政治的、イデオロギー的に重大な問題を抱えている。しかし、なくなってほしい相手とまではいえないことは、アメリカやイギリスが(日本もだが)経済的に切っても切れない関係になっていることでも明白だ。中国に魅力を感じる人など世界にはいないだろうから、影響力の広がりを警戒する必要もない。

 また、現代の安全保障上の最大問題であるテロのことを考えると、旧来型の抑止が効かないことは多言を要しない。オバマ大統領の「核兵器のない世界」構想の一つのきっかけとなったのは、キッシンジャーやシュルツなど安全保障関係者が、テロに対して抑止力は無効だと説いたことである。オバマ政権が公表した「核態勢の見直し」(2010年4月)では、抑止の重要な要素である核の先制使用(相手が通常兵器で攻撃してきても核を使用する)を見直すことを将来の課題としている。

 そういう時代に、60年も前にできた抑止力という古い考え方に、ただただしがみつく自民党と同じでいいのか。戦後の日本は、最終的にはアメリカの抑止力に頼るという政策をとったので、日本自身の防衛政略は持たないできたが、そのままでいいのか。「専守防衛」という言葉は生まれたが、それとて全世界的な米ソ戦争の一部として、ソ連軍を日本周辺で叩くというものであって、言葉だけのものであった。一方の護憲派は、防衛政策を持たないことを誇りとしていた。

 それらの結果として日本では、日本らしい防衛戦略は誰からも生み出されなかった。民進党にとって必要なのは、時代にふさわしい安全保障の哲学を確立した上で、それをアメリカに提示して堂々と議論し、ともに戦略をつくりあげるというような気概ではないだろうか。