田中俊英(一般社団法人officeドーナツトーク代表)


「反対、めんどくさい、関係ない」が、若者


 参院選の投票が明日7/10に近づいてきた。僕は不在者投票を済ませたが(1強是正を少しでも願ってリベラルに)、今回から18才から投票できることになったことも合わせて、メディアはいつも以上に若者に向けて「投票に行こう」と呼びかける。

 若者(20代前半)の投票率は30%台が普通で、70%を上回る60~70才の方たちとの差は大きい。この投票率だけを比べてみると、若者への啓発活動により若者自身の投票率を上げたい行政サイドの気持ちもわかる。が、若者の投票率が低いのは日本だけではない、アメリカも韓国も低い。ドイツは少し高いみたいだが、この記事(投票率が低い若者の意見は、日本の政治に反映されない)によると、若者の投票率が一番高いのは、意外やブラジルだった。
と思ったら、ブラジルは投票しなければペナルティー(罰金等)が課されるそうだ。

 僕が若い時は選挙には行かなかった。恥ずかしながら初めて行ったのは30才手前だったかな。と自省していたら、有名ブロガーさんたちも20代後半に初めて選挙にいった人もいて、僕だけではなかったと安心した。

 というより、そもそも、若者とは「権力」や「制度」や「システム」に反対する、あるいはめんどくさがる、あるいは自分とは関係ないと思うものであり、これらの一連の態度(反対、めんどくさい、関係ない)こそが「若者」の定義だ。

 時代よっては、「反対」が強調されることもあり(70年前後)、「めんどくさい」が前面に出て来ることもあり(80年代)、「関係ないし」が目立ったりする(ゼロ年代かな)。

 国が変わっても若者の投票率がだいたい低いのは、この「若者」自体の特性がまず関係している。僕も、めんどくさかった+権力システムが嫌いだった。

 これに加えて、当欄のメインテーマでもある、階層社会化という点がある。非正規雇用4割、相対的貧困率16%という日本社会では、アンダークラス(下流階層)が4割程度だと言われており(ピケティほか)、これを大きな背景として、児童虐待やDV等の問題がアンダークラスの家庭の中で日々起こっているのは誰もが知っている。

 ただし、階層化が固定すると、どうやら「他の階層」のあり方が人々は目に入らなくなるようだ。
たとえば、今回の選挙でも注目されるSEALDs界隈の人々を追っていると、自分たちの「ことば」は、すべての若者に対して届いていると本当に思っているように僕には感じられる。

 それを受け入れるかどうかは別として、自分たちの戦争反対ということば、それを願う思い、それを支える思想は、それに賛成するか反対するかはさておき、語ればとりあえずは「届く」と思っているフシがある。が、当欄でも触れたが(若者は、選挙にもフジロックにも行かない)、アンダークラスの若者の中には、SEALDsの若者がつかう「ことば」がそもそもわからなかったりする。たとえば「選挙」という漢字が読めなかったりする(障がいからではなく、学習の積み重ねのなさから)。もちろん、SEALDsが作成する英語のチラシは読めない。

 SEALDsの人々の視界には、もしかすると、このような「選挙」を読めない若者がそもそも入っていないのではないだろうか。それは別に悪いことではなく、階層社会が確定すると、なぜか別階層のリアルな姿が遠くなり、自分たちの階層内でひきこもっていくようだ。

 これは古市憲寿氏の『絶望の国の幸福な若者たち』にも出てきた、「仲間内のスモールサークルで、そこそこの幸福を楽しむ」という現象と重なる。階層社会の若者たちは、自分たちの階層内で、自分たちが共有する価値をもとに、自分たちに通用することばを用いて、団結したり遊んだり喧嘩したり恋をする。そこが「世界」のすべてだと受け入れ、やがてその「外」に対する想像性が薄くなっていく。