仲野博文(ジャーナリスト)


第十一回 【決勝戦 Match51 ポルトガル対フランス】


今大会でついにブレイクしたグリーズマン
テロ事件ではあわや姉が犠牲になりかけたことも


 10日の午後9時にパリ郊外のサンドニで行われるユーロ2016の決勝戦。最後に残った2チームはホスト国のフランスと、一時はグループリーグ敗退の瀬戸際まで追い詰められたポルトガルだ。出場国数が24に増えたことでクオリティーの低下を懸念する声も存在したが、ウェールズやアイルランドの躍進は多くのフットボールファンの共感を呼び、一発勝負の面白さと怖さにファンは一喜一憂した。その大会もいよいよ終了するが、決勝戦が行われるサンドニは、フランス社会を震撼させたテロ事件の舞台にもなった場所だ。

 フランスの首都パリで昨年11月に発生した同時テロ事件は記憶に新しい。11月13日夜、市内中心部の6か所で爆弾や銃撃による無差別殺傷がほぼ同時に発生。容疑者を含む137人が死亡し、360人以上が重軽傷を負った。

 パリ市内でほぼ同時刻に発生したテロ。テロは6か所で発生したが、その中で最も大きな被害を受けたのがパリ市内中心部にあるライブハウス「バタクラン」だった。1500人収容のライブハウスでは、事件当時アメリカのバンドの演奏が行われており、そこで発生した無差別発砲によって80人以上が殺害されている。130人の犠牲者の国籍は21カ国にも及び、少なくとも6人のイスラム教徒も含まれていた。

グリーズマン(ロイター)
グリーズマン(ロイター)
 パリ検察のフランソワ・モラン検事は事件直後に行われた記者会見で、フットボールのフランス代表対ドイツ代表の親善試合が行われていたスタット・ドゥ・フランス周辺で発生した爆発についても言及。入場券を持った男がスタジアムに入ろうとした際、ボディーチェックで不審に感じた警備員が男に対し、入場口の近くで再度身体検査を試みようとした。その矢先、男は少し後退し、そのまま着ていた爆弾付きのベストを起爆させたのだという。

 その3分後にはスタジアムの外にいた別の男も自爆し、さらにその近くにあるファストフード店の前で3人目の男も自爆している。フランスの警察当局は自爆犯が当初はスタジアム内部で自爆テロを計画していたと断定。もし試合中のスタジアムで自爆テロが決行されていた場合、パニックになった観客の将棋倒しなどで、犠牲者の数が激増した可能性を示唆した。フランスのオランド大統領とドイツのシュタインマイアー外相も観戦に訪れていたこの試合では、試合終了後に2000人以上の観客がピッチに入って、スマートフォンなどで状況を確認する様子が各国のニュースで大きく取り上げられた。

 この試合に先発出場したフランス代表のアントワーヌ・グリーズマンには28歳の姉がいるが、兄がサンドニでドイツ代表と対戦していた同時刻、姉のマウドさんはパリ市内で好きなバンドのライブにボーイフレンドと一緒に足を運んでいた。彼女がライブのために訪れたのはバタクランで、テロリストの襲撃によって多くの観客が命を奪われたが、彼女は襲撃から逃れ無事だった。場所は異なるものの、姉弟が同じ時刻にテロに遭遇したことは話題を呼んだ。マウドさんは今年1月からグリーズマンの広報担当として働き始めており、サンドニで今夜行われる決勝も観戦するのだという。

 テロ事件が発生した際、「将来のフランス代表をリードするかもしれない若手注目株の1人」であったグリーズマンは、今大会を通じて最も活躍した選手の1人であり、大会中にフランス代表のエースとして認識されるようになった。すでに6ゴールを記録しており、得点王はほぼ確実と言われている。2-0で勝利した準決勝のドイツ戦も、全てのゴールがグリーズマンによるものであった。クラブレベルではリーガエスパニョーラのアトレティコ・マドリッドですでに主力選手としての地位を確立しているグリーズマンだが、代表のユニフォームを着て戦う国際大会でついにブレイクした。

 フランスが優勝すれば、グリーズマンは代表の中心選手として、これからのフランスを引っ張る存在になるだろう。そのためには、決勝で何としてもポルトガルに勝利する必要がある。ポルトガルのエースは、誰もが知るクリスティアーノ・ロナウドだ。同じ町にある別々のクラブ(レアルとアトレティコ)でそれぞれ7番を着けてチームの主力としてプレーするロナウドとグリーズマンは、代表でも7番でプレーしている。二人ともウイングという点も共通しているが、実績としてはロナウドの方がはるかに上だ。2014年にフランク・リベリから代表でのポジションを奪い取ったグリーズマンだが、さらに名を上げるためには、新旧7番対決にも、試合そのものにも勝利する必要がある。