渡瀬裕哉(早稲田大学招聘研究員)

 昨年からSEALDsみたいなのが出てきて、若者の代表のような顔をしていますが、正直言って相当に違和感を持っています。それは三宅洋平さんのキャンペーン「選挙フェス」にも同じものを感じるわけです。彼らの活動を否定するわけではないのですが、学生時代から「感じてきたこと」を本日は述べたいなと思います。

 それは「あなたたちは言うほど少数派ではないし、俺たちの方がよほど少数派で居場所ないんですが」ということ。彼らは自分らしく十分生きているし、それなりに通用するカルチャーの中で生きてますよね、と。

 筆者はロックフェスにも行かないような地味な人間ですが、そういうものがセンス良いというような風潮に押しつぶされた感じを持ってきた一人です。SEALDsみたいなチャラい学生がいる一方、地道に大学で勉強したり、起業したりする人間もいます。社会人も一緒でそういうノリのカルチャーの中にいない人もいるのです。だから、彼らが政治にそういう若者文化のメインストリームの音楽を持ち込んできても、戦略としては理解できるものの、彼らとは心の壁というか距離を感じてしまいます。

居場所なき「真面目に勉強する少数派」


 筆者は現在の政治シーンでは政治や社会について真面目に勉強する少数派の居場所はないよなーと感じています。政党は単なるレッテル貼りを繰り返すばかり、運動系は単純化された政策とイメージを垂れ流すだけ、社会啓発的な取り組みは「選挙に行こう」「政策を比較しよう」という低レベルなものばかり。つまり、政治や政策の初心者や素人向けのものばかりが幅を利かせています。
候補者の演説を聞く有権者ら=6月25日
候補者の演説を聞く有権者ら=6月25日
 若くても勉強している人々は恥ずかしくて、音楽フェス的なノリの政治イベントには参加できないし、大日本帝国を妄信しているような老人のイベントにも参加できないのです。そして、既存の大政党の歯の浮くようなポリティカルコレクトネスにはウンザリしています。人間関係上たまたま地元の餅つきなどに参加しているかもしれませんが、その場ではあいさつに来た政治家と密度の濃い政策議論を交わすこともないでしょうし、その機会は現状では永遠に訪れないと思います。

 大学でマトモに政策の勉強をした人々、自分で事業を起こした起業家の人々などの政治的な居場所はこの国の中にはほとんどないと実感を込めて言えます。「弱者のために云々」は別に良いのですが、その枠にも入れない政治的少数派・弱者として、真面目に勉強した人や実社会で活躍している人が存在しています。

 既存の大政党だけでなく、チャラい兄ちゃん・姉ちゃんやヒッピーみたいな人々でも吸収しきれない人々はどうするべきでしょうか。

ポスター掲示板の前で感じた政治の劣化


 参議院東京選挙区の顔ぶれを見ていても、積極的に投票しようと思えるメンツが一人もいない、わけです。「何でこんなにイデオロギー的に偏っているのか?」と素朴に感じざるを得ないし、その他にも訳が分からないキャッチフレーズの人達が並んでいます。もう少しだけでも中道的で理性的であることが確認できそうな人はいないものでしょうか。これが政治の劣化ってやつなのかと悲しい気持ちになりました。このような政治を育ててきてしまったことについて、ポスター掲示板の前で一有権者として責任を感じざるを得ませんでした。

 今回の立候補者の顔ぶれを見て「このままでは日本が危うい」と思う人が増えると良いなと思っています。この有様まで政治を劣化させてきたのは私たち自身であり、政治が理性を取り戻すようにしたいものです。