渋井哲也(フリーライター)

「選挙に行こう」「選挙に行こう」

 7月9日午後7時59分、新宿駅東南口前の広場。選挙運動が終わりを迎えようとしていた。SEALDsの奥田愛基さんは、民進党の小川敏夫候補の応援演説を繰り広げた。ただ、遅刻したために残り40秒しかない中、ラップ調で呼びかけた。天気のせいもあって多くは集まらなかったが、小川候補は、1人増員された東京選挙区の6議席目でなんとか滑り込みで当選した。

 ところで、SEALDsのメンバーは昨年夏、国会前などの安保法案反対集会で一人ひとりが、「僕」「私」を主語にして思いを発していた。若者が声を上げる運動はこれまでもたくさんあった。私が大学生の頃も、湾岸戦争や小選挙区制に反対するデモなどに参加した記憶がある。かつての運動は主導的なリーダーがおり、演説では「私たち」「我々」との主語を使っていた。その意味で、SEALDsのスピーチは新鮮だった。
民進党結党大会で登壇してあいさつした「SEALDs」の奥田愛基氏=3月27日、東京都内のホテル(鈴木健児撮影)
民進党結党大会で登壇してあいさつした「SEALDs」の奥田愛基氏=3月27日、東京都内のホテル(鈴木健児撮影)
 ただ、私が最も興味があったのは、SEALDs自体よりも、促されるかのように国会前に集まってくる人たちだった。若者だけでなく、中高年や高齢者もたくさん集まった。彼ら彼女らはどんな思いで、国会前に集まるのだろうか。もちろん「安保関連法に反対するママの会」の動きもあったが、SEALDsにも刺激を受けていたことは間違いない。そんな人たちの声を聞いて歩いた時期があった。

 親子で参加する人たちや車いすでやってきた人もいた。思いはそれぞれ。法案に反対する女性が、もともと賛成派だったが議論する中で反対派となった友人と、一緒に国会前にきていた人がいた。また、原発事故以降、国の方針に懐疑的になり、脱原発運動や特定秘密保護法、そして安保法制に反対をしに来た女性もいた。その女性は団体が好きじゃなく、いつも一人で行動をしていた。SEALDsが、これまで黙っていた人たちの一部を突き動かしたとも言える。