別冊正論25号『「樺太-カラフト」を知る』より


高橋是清(樺太研究者)





「樺太」を知っていますか?


 こんな質問をすると「当たり前でしょう」という人がいる一方、「何それ?」と答える人が近年急速に増えている。

 数年前、私はどうしても、「樺太」という地名が未だ一般的に使われているのか否か知りたくなった。何故ならば、一般社会では「樺太」という地名が通じないように思えたからだ。特に若者や子供たちには、「樺太」という地名を認識しない傾向が強いように思えた。

 そこで平成十九年、私は全国八百四十の小中学校に対しアンケートを実施し、十六校より回答をいただいた。アンケートの質問内容は、小中学生が樺太という地名を知っているか否かの一点に絞り、各校の教頭に次の趣旨の手紙を送った。

(イ)在籍児童・生徒の何人が「樺太」という地名を知っているか調べていただけるでしょうか。
(ロ)可能なら、回答用葉書に分母・分子を記入していただきたい。
(ハ)つまり、二十人に質問し、八人が知っていると答えた場合、二十分の八と記入していただきたい。

 回答は十六校にとどまったが、突然のアンケート依頼に対応いただいた先生方に深く感謝する。各校からの回答を集計すると、樺太を知っている比率の平均は四割四分八厘にとどまった=表①
 それでも、回答を得た小中学校の多くは、樺太と何らかの関係を持つ地域にあったため、「はい(知っている)」の割合は、全国的により大規模に調査を行った場合に比べ、高くなっているものと推定される。

 この結果は、どのように受け止めるべきであろうか。樺太と深い関係がある北海道に於いてさえ、「はい」は六割四分四厘である。これは、もう全国的には、「樺太」という地名は死語になりつつあると考えるのが妥当ではないのか。

広辞苑にも「樺太」死語化の波


 国語辞典としてよく知られる『広辞苑』(岩波書店)の第二版補訂版(昭和五十一年十二月刊)で「からふと」と引くと、このように載っている。

「からふと【樺太】東はオホーツク海、西は間宮海峡の間にある細長い島。明治八年ロシアと協約して全島を千島と交換、明治三十八年日露講和条約により北緯五○度以南は日本領となったが、第二次大戦後ソ連領土に編入。サハリン」

 私としては、この記述には抵抗感がある。その理由は後述するし、「樺太」についてちょっとでも調べたことがあれば「自分もこのような記述には抵抗を感じる」という方が少なからず存在するものと確信する。

 百科事典の性質も帯びた『広辞苑』は膨大な情報を扱うから「この記述は誤差の許容範囲内」と済ませていいものだろうか。

 とはいえ、疑問符が付くこの記述さえ過去のものである。平成十年刊の第五版では「からふと【樺太】サハリンの日本語名。唐太」となる。

 この第五版の記述に、私としては、抵抗感のようなものは抱けない。記載が少な過ぎる。ただただ「樺太」という地名が死語になったと感じてしまいそうになる。

「感じてしまう」のではなく「感じてしまいそうになる」のだ。それは、私の意識の中で「『樺太』という地名が死語になった」と納得する寸前に、「『樺太』という地名は意図的に使われなくなったのではないのか」という疑義が生ずるからである。

 この一例を挙げよう。気象庁ウェブサイト上には「『樺太』は用いない」という備考がある。何故、わざわざ、このような備考を設けているのであろうか。「北海道の北に位置する細長い島」を日本語名で「樺太」と呼ぶことに何か不都合があるのだろうか。あるとすれば、誰にどのような差し障りがあるのだろうか。

 いや、この気象庁の件は、不都合や差し障りという類の話ではないのかも知れない。戦後に於いて、我が国が執ってきたあるいは執ってこざるを得なかった政策による、当然の帰結と考えることはできないであろうか。少し論じてみたい。

 私は、昭和五十年代に小学校に通ったのだが、この時は、社会科の時間帯に皆で地図帳を広げる機会が度々あって、「北海道の北に位置する細長い島」が「樺太」と呼ばれていた記憶がある。

 また昭和の終わり頃に、道行く外国人に世界地図を見せ「日本の範囲をマジックで括ってください」とお願いするテレビ番組があった。外国人の一人が、日本の範囲の中に樺太をも含む状態で我が国を括ったのだが、私は、それを見た進行役の関口宏が「樺太も含まれるのだ」という意味の発言をしたことを覚えている。 

 つまりは、昭和の終わり頃までは、「樺太」という地名は普通に使われていたものと推測される。ここ三十年の間に、「樺太」という地名を消し去ってしまう程の一大事はあったのであろうか。「大東亜戦争に於ける我が国の敗北」に匹敵するほどの大きな出来事はなかったように思える。

 では、戦後、日本政府が執ってきたあるいは執ってこざるを得なかった政策が、ある種の社会現象を引き起こし、その現象が「樺太」を徐々に死語に追いやった(追いやろうとしている)という仮説を立て、話を進める。