保立道久(東京大学名誉教授)


 外交にとって最低の必要条件は、国際法上の不法をただすことであって、それがないような外交は外交といわないが、歴史学からいわせると、日本外交はつねにそういう種類の外交であった。それを論じて、最後には徳川幕府が結んだ1855年(安政元年)の日魯通好条約と、明治国家が結んだ1875年(明治8年)樺太・千島交換条約の評価に及びたい。

 さて、現在、国際法上、どのような立場からしても不法であることが明瞭なのは、ロシアによる北方領土の占領である(アメリカによる沖縄の基地占領については最後に述べる)。これに対する国際法的な法理を正面にすえた異議をとなえない日本の外務省は決定的な職責違反を行っている。また私見では法学界、国際法学界も、この問題についてよるべき十分な仕事をし、必要な主張をしていないように思える。

モスクワで開かれた対ドイツ戦勝70周年の記念式典で演説するロシアのプーチン大統領=2015年5月(ロイター=共同)
モスクワで開かれた対ドイツ戦勝70周年の記念式典で演説するロシアのプーチン大統領=2015年5月(ロイター=共同)
 私は、以下の国際法的な事実は、歴史学界共通の見解である以上、小学校・中学校・高等学校で、社会科学・歴史学のカリキュラムのなかで、順次、学ぶべきものであると考えるが、それができないのは、それをやると外務省の行動が職責を果たしていないことが明々白々になるからであろうか。

 まず第二次世界大戦における日本の降伏条件を構成する1943年の「カイロ宣言」には"The Three Great Allies are fighting this war to restrain and punish the aggression of Japan. They covet no gain for themselves and have no thought of territorial expans"、つまり「三大同盟国は日本国の侵略を制止し、罰するため、今次の戦争を行っている。同盟国は自国のために利得をむさぼろうとするものではなく、また領土拡張の念も有しない」という「領土不拡張」原則が記されている。そして続けて、" It is their purpose that Japan shall be stripped of all the islands in the Pacific which she has seized or occupied since the beginning of the first World War in 1914"(以下は中国との関係、省略), つまり、「同盟国の目的は日本国より1914年の第一次世界戦争の開始以後において日本国が奪取し、または占領したる太平洋における一切の島嶼を剥奪する」という形で日本の領土をどの範囲に限定するかを明らかにした。

 しかし、アメリカ、イギリス、ソ連3国の首脳、ようするにルーズヴェルト・チャーチル・スターリンは、1945年2月、ソ連のヤルタで会談を開き、そこでスターリンがソ連の対日参戦の条件として千島列島の引き渡しを要求し、ルーズヴェルト・チャーチルがこれを認めて、ヤルタ秘密協定に盛り込まれた。そこには「三大国の指導者は、ドイツが降伏し、かつヨーロッパの戦争が終結して二・三ヶ月後、ソ連が左の条件にしたがい、連合国に与して日本に対する戦争に参加することについて合意した」として、(1)外蒙古の現状の維持、(2)1904年の日本の裏切りの攻撃(the treacherous attack)によって侵害されたロシア国の旧権利(樺太南部など)をあげ、さらに「(3)千島列島はソ連に引き渡される(shall be handed over)」という項目を付け加えた。