[安保激変]


小谷哲男 (日本国際問題研究所 主任研究員)


 4月29日に日露首脳会談が開かれ、発表された共同声明では、平和条約問題の締結に向け、双方が受入れ可能な解決策を作成する交渉を外交当局が加速させることが明記された。日露間で平和条約が締結されていない「異常な状態」が続いてきたのは、北方領土問題をめぐる双方の立場が大きく異なっているからだ。だが、多くの識者が指摘するように、領土問題を解決することは容易ではなく、安倍晋三首相も「魔法の杖」はないと認めている。

 今回の共同声明をうけて、一部には四島返還を諦めてでも、領土問題を解決するべきだとする論調もある。しかし、そのような論者の主張は領土問題の解決自体が目的となっており、それによってどのような国益を得るのかという視点が欠けているように思える。あるいは、台頭する中国を牽制するためには日露関係の強化が必要という考えもあるが、ロシアも日中それぞれとの関係をバランスさせるだろう。

 安易な妥協は日本の国益を損なう可能性がある一方、中国との関係を有利にする保証はどこにもない。そこで、今回は北方領土問題の本質がロシアの海洋戦略に関連していることを確認し、今後の日露関係について考えてみたい。

「暖かい海」を目指してきたロシア


 日本は北方領土を江戸時代から自国領としてきた。1855年の日露通好条約、1875年の樺太千島交換条約、1905年のポーツマス条約を通じて、ロシアは北方四島が千島列島の一部ではなく、日本固有の領土であることを確認してきた。実際に、1945年8月まで4島には1万人以上の日本人が居住していた。

 ソ連は、第二次世界大戦終結直前に日ソ中立条約を一方的に破棄して北方四島を軍事占領した。その根拠として、ヤルタ協定の中の「千島列島はソ連に引き渡されること」という記述を挙げ、日本がポツダム宣言に基づいて降伏文書に調印するまでに行った占領は合法だと主張している。

 これに対し、日本は北方領土がロシアによって「不法占拠」されていると主張している。まず、米ソ英の共通の戦争目標を列挙したに過ぎないヤルタ協定に法的拘束力はない。旧ソ連による北方領土の軍事占領は、日本の主権が「本州、北海道、九州及び四国ならびに吾等<連合国>の決定する諸小島」と規定するカイロ宣言とポツダム宣言によっても正当化されない。加えて、サンフランシスコ講和条約で日本が放棄した南樺太及び千島列島をロシアが領有する法的根拠もない。

 旧ソ連が国際法の裏づけを欠いてまで北方領土を軍事占領した主な理由は、軍事的なものだと考えられる。オホーツク海の出入り口に当たる北方四島周辺海域は、数世紀にわたって「暖かい海(不凍港)」を目指して南下を続けてきたロシア海軍が太平洋に出るために、極めて重要だからだ。