国家間の経済的な相互依存が戦争を抑止する。そんな話は幻想に過ぎない。第一次世界大戦直前、ドイツにとってのイギリスは最大の貿易相手国であり、イギリスにとってもドイツは第二位の貿易相手国だった。1930年代、日米の対立は深まっていたが、日米貿易は1941年までその悪影響を受けなかった。資本は、経済的な利益さえ得られるのであれば、敵国とでも商売をする。しかし国家は、政治的目的や安全保障上の理由により、経済的な損失を被ってでも戦争に踏みきることがあるのだ。

 今年3月、ロシアがクリミアを奪取した際、ロシア関連企業の株価は大きく下落した。欧米はロシアに対して経済制裁を行った。ロシアは経済的な打撃を受けたが、クリミアを放棄しはしなかった。クリミアがNATO(北大西洋条約機構)の手に落ちることは、ロシアにとっては、経済的損失を被ってでも防がなければならない安全保障上の重大な利益だったからだ。
 
 経済制裁だけでロシアにクリミアを断念させたければ、アメリカは、EUと協力して、もっと強力な措置を講じなければならない。だが、その場合は、ロシアの報復措置によるEUの損害も大きくなる。2013年1~9月のEUのロシアからの輸入額は、石油や天然ガスを中心に1560億ユーロに達し、ロシアは中国に次ぐ輸入先だった。またEUの輸出額は自動車や食料品などの消費財を中心に902億ユーロで、ロシアはEUにとって第四位の輸出先だ。欧州の銀行も、ロシアに大規模に営業展開している。特にEUの中核国であるドイツは、天然ガスの40%、石油の35%をロシアから輸入する。ロシアにエネルギー供給を絶たれたら、ドイツは経済危機に陥る。

 ロシアにとってクリミアは経済的利益よりも重要だが、EUにとってクリミアは、それほど重要な場所ではない。ロシアとEUの相互依存関係は、ロシアのクリミアに対する野心を弱める力はないが、EUによる経済制裁の効力を弱める力はあるのだ。

 同じことが尖閣諸島を巡っても起き得る。まず、日中がいくら経済的相互依存関係を深めても、それだけで中国の尖閣諸島侵攻を抑止することはできないだろう。中国にとって尖閣諸島は、経済的損害を甘受してでも獲りたい戦略的地点だからだ。だが欧米諸国にとって尖閣諸島は単なる岩礁に過ぎず、中国から得られる経済的利益を失ってでも日本のために守りたいような場所ではない。各国の経済的相互依存の深まりによって、日本はむしろ自力で領土を防衛しなければならなくなるのだ。