「初めて触れたときのワクワクを思い出して」 TVゲームは一生の伴侶

オタカル

読了まで9分

畑史進(フリーランス声優・ナレーター フリーランスライター)

 TVゲーム初体験を覚えているだろうか? 僕よりも高い年齢の方ならファミコン、SG-1000より以前のハード(ゲーム機)カセットビジョン、ゲームウオッチ、テレビゲーム15だろうか?それともテレビテニスだろうか?僕と同年代の方ならスーパーファミコン、プレイステーション、セガサターン。若い方だとゲームキューブ、プレイステーション2、Xboxという方もいるでしょう。

 TVゲームと言うのは面白いもので、家電製品、アクセサリー、衣服などとは違って「本体・ハード」だけではTVゲームとの出会いは始まってすらいない。「ゲームソフト」を買って「本体」にセットして初めて本当の出会いが始まるのだ。

 さらに面白いのは、両親や親しい人から梱包(こんぽう)紙に包まれてプレゼントされたり、ある日突然家で本体の箱を目にした瞬間にいろいろ心がワクワクしたではないだろうか?

 「これから何が始まるんですか?」

 「あのゲーム・このゲームがやってみたい」

 「TVゲームだ!すぐに開けなきゃ!」etc…

 またこんな経験もあったはずだ、興味ない自分の中では「クソゲー」同様のゲームをプレゼントされ、とりあえずと思って触ってみるとガッツリハマってしまったこともあるはずだ。その時皆さんは間違いなく熱中していたのだ。

 僕が生まれた頃には既にTVゲームはバブルが大きくなる象徴のように空前の大ブーム真っ最中であった(らしい)

 僕のおやじの世代は「インベーダーゲーム」が喫茶店を始め大ブームになり「ギャラクシアン」「パックマン」「マリオブラザーズ」「ドンキーコング」等のアーケードゲームが隆盛し、日本中の100円玉がゲーム筐体に吸い込まれ、その行く先にファミコンのような家庭用ゲーム機が誕生し、ゲームセンターに行かなければできないようなゲームたちが、家庭でもカラーテレビにつなげば家でも気軽にお金のことを気にせず思う存分ゲームができるという時代だった。かなりの衝撃だったと思う。

 話は脱線するが、「ドンキーコング」等多くのアーケードゲームは日本より先にアメリカでは「インテレビジョン」「コレコビジョン」「ATARI2600」で発売されていた。

 ファミコン本体の値段が1万4800円でソフトが一本5千円程度。

 2万円でお気に入りのアーケードゲームが遊び放題、200回も遊べば十分もとが取れる(ただしアーケード版とは違う箇所がグラフィックなど多くあり、説明はここでは割愛する)。

 しかし、それだけで終わるのではなく魅力的なソフトも多くSG-1000やファミコン向けに発売され瞬く間に家庭用ゲーム機は家庭の中心的存在になった。その象徴として、当時幾つかの日本映画にもファミコンがカメオ出演していた。「マルサの女」では「スーパーマリオブラザーズ」が映り、「男はつらいよ」でも寅さんのおい、満男の部屋にはスーパーファミコンが置かれた。

ファミリーコンピューター
 多くのソフトメーカーが生まれ、ファミコンの普及にあやかって自分たちのアイデアを披露してきたのもこの頃が特に多かった。「ロックマン」「悪魔城ドラキュラ」「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」「スウィートホーム」等アーケードゲームでは味わえないジャンルのゲームが生まれ、「ポートピア連続殺人事件」「ファミコン探偵倶楽部」「探偵神宮寺三郎」など、まるで小説を自分自身が入り込んで体感するような芸術性あふれるゲームも次々出てきた。

 またファミコンをパソコンとして考えてみると敷居が非常に低くゲームをプレイしてマイコンに興味を持ち、自身も新たな作品を披露したくなるという相乗効果もあり、パソコン普及にも一役買ったのは間違いないだろう。

 僕の初めてのTVゲーム体験はアーケードゲームではなくシャープから発売された「ツインファミコン」でのディスクシステム版「スーパーマリオブラザーズ」だった。3,4歳の頃とうっすらと覚えているのはダッシュからのジャンプができなくてただ穴に落ちるのが面白かったことだ。幼稚園の頃には「ウルトラマン倶楽部 怪獣大決戦」にドハマリ。数多くあるファミコンゲームの中でも特にお気に入りのゲームで今でも自身のオールタイムナンバーワンファミコンゲームだ。

それからはさまざまな友達の家に方々訪ね歩いて自分の家では買ってもらえないさまざまなゲーム機・ソフトに触れてここに至るわけです。
「初めて触れた大変」こそ重要

 こう思い返してみると、若い人たちにとってはファミコンがいかに素晴らしいものだったのかと聞こえてくだろうが、それは違う。

 今を生きる人たちにとっても、TVゲームとの出合いは人それぞれであり、それぞれの入り口となったゲーム機、ゲームソフトがあるはずだ。僕も当然Nintendo64以降はその時代にいたので背景は理解できるが、初めて触れた体験ではない。「初めて触れた体験」そこにおのおの一度ぶり返って思い出してほしい。

 その時には高騰したワクワクがそこに実際あったわけだ、いやあったはずだ。
ゲームボーイやスーパーファミコンなどのゲーム機

 現に僕もいまだに新しいゲーム機が出ると発売日にお店にすっ飛んでいき、「ワクワク」しながらゲーム機とソフトを抱えて6畳一間の部屋に(引っ越ししたい)帰ってきて「ウキウキ」してセットしている。新作のゲームが発表されると「ワクワク」して発売日まで待ってしまうそれらが自分にとって未体験ゾーンだったら尚更だ。

 「クソゲー」なんてつかまされた日にはスイッチオンにして開発者、クリエイター相手に怒り狂う。傍から見ればただの危険人物かもしれないが、「ゲーム好き」がやってるただの一興であり時間もたてば笑い話にしてしまう。

 何が言いたいのか? 単刀直入に言いましょう。「そのワクワクをいつまでも捨てないでほしい」と声を大にして言いたいのだ。

 TVゲームに飽きたという人から話を聞くと多くの人が「複雑になった」「ワクワクしなくなった」「いい年して恥ずかしくなった」「ファミコンが至高だった」と多くの人が答えるのだ。

 そんな理由で良いのか!?今でも多くのゲームクリエイターたちがアイデアを巡らせ素晴らしい、心から面白いといえるゲームが作られている。

 日本は世界中から尊敬されるほど多くの名作ゲームが生み出され、「ユートピア」としてみられていたことを読者の方はご存じだろうか?いや今でもそう見ている人たちは多いといっても過言ではない。「日本ならでは」の素晴らしいアイデアの詰まったゲームは世界からも絶賛されリスペクトされ、尊敬されるクリエイターも多い。

 現にディズニー作品「ミッキーマウス!」という作品ではミッキーが作中「トーキョー」に訪れた際に一部の画面がファミコンテイストになるワンシーンもあるほど。

 去年は「ピクセル」という映画も公開されたが出てくるほとんどの元ネタのゲームは「日本製」だったのだ

 しかし日本のTVゲーム事情は一時よりも随分と下火になった。

 スマホゲームの台頭もその原因だろうが、それだけではない。

 あらぬ根拠を世に垂流したえせ学者が支持を得たりとTVゲームは人気者の宿命を経てすっかり縮こまってしまった。

 皆さんにはそのようなことを忘れて(なかったことにして)、かつて好きだった人は今一度自分自身の心に問いかけてほしい。その時のワクワクを「世間と切り離して」思い出してほしい。ゲームに夢中になったあの時の出来事をそして再び手にとってほしい。

 未だ触ってすらいない人は一度でも良い、食わず嫌いにならずに触ってほしい。

 もしもいまだにファミコン・スーパーファミコン様なゲームがプレイしたいのであれば、広く探せば必ず有志が作って、さまざまな販売もされているので手にとってプレイしてほしい。

 必ずスマホゲームとは違う、気軽に、気兼ねなく、夢中になれるゲームがそこに有る! (毎週木曜日掲載

畑史進 フリーランス声優・ナレーター フリーランスライター。日々、ゲームネタを漁りながらニコ生放送にも出演。スター・ウォーズ解説員、TVゲーム解説員としても活動中。

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