特に過去10年間は業界の激変期で、家庭用ゲームからフィーチャーフォン、スマートフォンとトレンドが激変し、そのたびに基盤となる開発技術やゲームの開発ノウハウが変化した。最新技術がどんどん陳腐化し、上書きされていくのだ。その一方で手本となる教科書はどこにも存在しない。こうした状況では社員の自発的な自己研鑽が、最も効果的な人材教育の手法になりやすい。しかし、それが恒常的にできる人材はわずかだ。

 こうした背景から、企業には優秀な人材ならいつでも、誰でも歓迎だが、実際の採用は消極的になりがちな傾向がみられる。しかも求める人材像が「自ら問題を発見し、解決策を見つけられる人」「現時点での能力もさることながら、伸びしろがある人」といった、抽象的な内容になりやすい。特にゲームの企画職についてはこの傾向が強く、どの企業も頭を悩ませているのが実情だ。「おもしろさ」を定量的に計る手段が存在しないからだ。

 一方で業界には、ヒットを記録して業績が急成長した結果、とにかく人材不足という企業も存在する。こうした企業は「経験者即歓迎」という状態になりやすく、しばしば転職市場で年俸バブルを引き越す。それにつられて人材が集中するが、次第に人件費が業績を圧迫し始め、リストラに直面するのが常だ。もっとも、その頃には別の企業がまた新しいバブルを引き越し……。こういったサイクルを業界は何度も経験してきた。

 これがアメリカのように人材の流動性が高い、言い替えれば企業が社員を解雇しやすい社会では、企業はトレンドの変化にあわせて社員を解雇し、新たな人材を雇用できる。人材の入れ替わりが前提となるため、知見の共有やマニュアル化も進展する。2000年代以降、ゲームの大作化にともなって、日本にかわってアメリカのゲーム産業が世界を牽引するようになったのには、こうした理由もある。