藤田孝典(NPOほっとプラス代表理事、聖学院大学人間福祉学部客員准教授)

 私が代表理事を務めるNPOでは障害のある方や生活困窮者の支援活動を行っているのですが、「障害者なんていなくなればいい」とか「ホームレスなんて死んでしまえばいい」といった声は、一般の市民からよく聞かされる言葉です。言ってくるのは、いたってやさしそうに見える、普通の人たち。障害者や生活困窮者を支援する必要はないし、お金のムダだという声は、14年前の活動当初からずっと言われ続けてきました。

事件のあった「津久井やまゆり園」の前に集まった緊急車両
=7月26日、神奈川県相模原市緑区(桐原正道撮影)
事件のあった「津久井やまゆり園」の前に集まった緊急車両 =7月26日、神奈川県相模原市緑区(桐原正道撮影)
 障害者施設で19人を手にかけた元職員の男の行動は決して許されるものではありませんが、起こるべくして起こったという見方もできます。「障害者なんていなくなればいい」と思える環境があったからこそ起きた悲劇で、差別や偏見がまったくない社会だったら彼のような人間は生まれなかったのではないでしょうか。

 障害者、高齢者、ニート、引きこもり、ホームレス…。こうした人たちをひっくるめて、「役に立たない」「足手まとい」だと思う感情は、誰でもうっすらとは持っているものではないでしょうか。障害者については、危険な人たちなんじゃないかという声を良く聞きますが、そういった反応は特殊なものではないということを忘れてはならない。

 あってはならないことが、なぜ起きたのか。容疑者自身の問題とともに、彼が置かれていた環境についても考えなければいけないでしょう。事件のあった施設では、夜勤の場合、1人で20人ほどの入所者を担当していたという情報もあります。複数の障害がある重複障害者だと徘徊も激しいし、暴言や暴力もあるでしょうから、相当な負担がかかります。

 少ない職員でなるべく多くの障害者をみようというやり方自体が問題。本来であれば、重度の障害者1人に対し、常に2人~3人つく必要があるでしょう。容疑者が衆議院議長に宛てた手紙の中に「障害者は人間としてではなく、動物として生活を過ごしております」という記述がありますが、事件のあった施設は重複障害者を含めた約160人もの障害者を収容していました。施設に一括収容というのは国際的にみるとかなり時代遅れであり、それ自体が人権侵害だという指摘もある。収容者は果たして「人間らしい」生活が送れていたのか。容疑者の「動物として生活を過ごす」という表現についても、言い過ぎではない可能性もあります。

 一生懸命やっている職員もつらい、家族も苦しいのだったら死んだ方がいい―。彼の正義感は歪んでいるし、肯定できないが、理解できる部分もある。障害者施設に勤めたり、介護の経験がある人ならば「こんな人いなくなればいいのに」と思ってしまうようなことは一度はあるのではないでしょうか。