渡瀬裕哉(早稲田大学招聘研究員)


「都議会は伏魔殿。政治とはそういうものよ」

 
 都議会について調べていたら公明党HPの面白い記述にたどり着きました。


 公明党が1963年に初めて東京都議会に進出して1965年東京都議会解散に至るまで振り返る記事なのですが、この内容が非常に興味深くて面白いと感じました。

 「1963年の都議選で当選した公明党議員は“17人のサムライ”と呼ばれ、伏魔殿東京都政の改革を看板に掲げ、次々と不正をただしていった」という記述は当時の政治情勢の中で、政界に進出した公明党にどのような期待が寄せられていたかを知ることができる一文です。

 その後、1965年3月の議長選をめぐる贈収賄で、自民党議員が17人も逮捕される事態となった大疑獄事件が発生し、公明党は野党連合の一角として都議会リコール運動に参加し、都議会自民党を妥協させて自主解散までの流れを作ったということです。

 たしかに歴史の流れと一致していますし、都議会公明党が政界浄化のために奮闘したことは事実とも符合していると思います。筆者は公明党支持者ではありませんが、その政党人としての初心は非常に立派なものだったと感じます。
報道陣に公開された東京都知事の執務室。約6.5メートルの高い天井に革張りの椅子と執務机が据えられる=7月27日午後、新宿区の都庁(高橋裕子撮影)
報道陣に公開された東京都知事の執務室。約6.5メートル
の高い天井に革張りの椅子と執務机が据えられる
=7月27日午後、新宿区の都庁(高橋裕子撮影)

東京都議会は昔から伏魔殿と呼ばれていたのだ、ということ


 筆者の年齢だと1965年はリアルに体験しているわけではないのですが、こんな昔から都議会は「伏魔殿」と呼ばれてきたのだなと驚きました。

 戦前も東京市会を中心とした政治腐敗は非常に深刻なものでありましたが、その流れが戦後になっても脈々と続いているのだなということを知ることができました。

 東京都議会は国会と比べてメディア注目度も低いため、都議会の腐敗は放置されやすい環境があるようです。地方自治の領域を超えた巨大な予算と機構を持つ東京都を一つの地方自治体として扱うことはそもそも無理があるのかもしれません。

 また、東京都政に関する一般的な都民の関心の低さは都議会議員選挙の投票率の低さにも表れています。このまま何回選挙を行ったとしても、政治的な構造上の問題から抜け出すことは難しいと思います。