河合雅司(産経新聞論説委員)


 少子高齢化に伴い、働き手不足が顕著になってきた。総務省が6月末に公表した2015年国勢調査の抽出速報によれば、労働力率(15歳以上人口に占める労働力人口の割合)が59・8%と6割を切り、労働力人口は6075万人で5年前の前回調査より295万人の減少となった。

 労働力人口が減れば経済への影響だけでなく、日本社会全体が弱体化する。

減少を前提に作り替え


 とはいえ、その解決は簡単ではない。例えば、少子化対策の効果が表れたとしても、今年生まれた子供が社会に出るには20年近くを要する。外国人労働者の受け入れも社会的なコストが大きく、労働力人口の減少分を全て穴埋めする存在とはなり得ない。

 対策を講じるならば、むしろ無理して増やそうとするのではなく、労働力人口の減少を前提とした社会への作り替えに踏み出すべきだ。「戦略的に縮む」のである。

 そのためには、いくつかのポイントがある。

 第1は「国際分業」の必要性だ。働き手が少なくなるのだから、全ての産業でこれまで通りの規模とは行かないだろう。出生数が減れば優秀な人材の絶対数も減るため、欲しい若者を確保できない業種も出てこよう。

 ならば発想を逆転し、日本人自身の手でやらなければならない仕事と、他国に委ねる仕事とを思い切って分けてしまうことである。

 日本は多くの分野で国産企業が存在するが、少子化で人材が少なくなった後に、マンパワーを幅広い産業に分散していたのでは、成長分野はより誕生しづらくなる。

 それよりも、限られた人材や資本を日本が得意とする分野に集中投入し、世界をリードする新たな産業として発展させていくほうが賢明だ。

「少量生産」へとシフト


 2つ目は、日本が築き上げてきた製造業の成功モデルが通用しなくなる点だ。

 戦後の日本は、欧米の技術を輸入し改良を加えて成長してきた。安い労働力によって価格競争に打ち勝つというビジネスモデルだ。

 だが、こうした「大量生産・大量販売」型のモデルは、若い労働力が豊富だったからこそ可能だった。経済発展を続ける発展途上国も近代化された工場で高品質な製品を生産できるようになったため、機械化によるコスト抑制も限界がある。賃金の低い途上国と、同じ土俵に立ち続けたのでは日本に勝ち目はない。

 しかも、このモデルは巨大な国内市場によって成り立ってきた。そのマーケットが人口減少で縮むのである。

 人口激減が避けられないのに「豊かな国」であり続けるには、こうした途上国型のモデルに見切りを付け、他国の追随を簡単に許さない画期的で付加価値の高い製品で勝負すべきだ。しかも少人数で造る「少量生産・少量販売」モデルへのシフトである。

 それには働く1人1人の生産性を飛躍的に高め、個々の稼ぐ力を上昇させていくしかない。日本の経済成長には「量」から「質」への転換が求められている。


大きく変わる「顔ぶれ」


 3つ目は、労働力人口は絶対数が減るだけでなく、年齢構成、すなわち「顔ぶれ」も大きく変わる点だ。

 政府は「1億総活躍」を掲げるが、抽出速報によれば、男性の労働力率が3・0ポイント減ったのに対し、女性は0・2ポイントと微増だ。子育て世代で落ち込む「M字カーブ」の底も68・0%から72・4%に上昇した。働く高齢者の増加はさらに顕著で、65歳以上の就業者数は758万6千人(前回調査比27%増)となった。

 産業構造の変化も見え始めている。製造業が48万人減り、医療・福祉が98万4千人増えた。

 製造業は海外展開の拡大や大手メーカーの業績不振があり、一方で医療・介護は高齢社会を迎えてサービス利用者が増えた-などと分析されているが、ケアマネジャーやヘルパーといった職種が増え、きめ細かさといった女性の能力を発揮しやすい職場の広がりが構造の変化を呼び起こした面あろう。

 少子化が進むにつれて「若い力」の確保が難しくなれば、ますます女性や高齢者を織り込んだ企業は増える。高齢者マーケットも拡大するので、主力商品やサービスが変化し、仕事の進め方まで変わることも予想される。

 雇用制度を見直すぐらいでは、労働力人口激減への備えとはならない。「働くこと」に対する日本人の常識を大胆に変えていく必要がある。