黄文雄(評論家)
《徳間書店『世界が憧れる天皇のいる日本』より》 
 「国の誇り」は世界のどの国にもあるものである。

 たとえば近代中国は、悠久な五千年の歴史や人口が多いこと、さらには地大物博(土地が広くて何でもあること)などを小学生の頃から教え、それを国自慢にしてきた。

 近年よく話題になっているのは、韓国ハングル世代のウリナラ(我が国)自慢である。漢字もサッカーも、人類の文化、文明、文物はたいてい韓国起源と主張し、朴槿恵大統領まで、「韓国人は優れた創造DNAをもつ」などと自慢している。

 もちろん西欧においても、大航海時代以後に文明的優位を確立してから、非西洋諸民族への植民地化は宗主国の使命であり、文明化や人道人権を伝えたとしている。現在でも自由、民主、人権などは普遍的価値として、欧米ではそれらを世界に広めたと誇りにしている。

 戦後日本は、国に誇りをもつよりも貶める自虐史観が流行った。戦前はすべて否定され、「愛国」は危険な思想とまで見られてきた。だから「日本の誇りを取り戻す」ということは国を思う人々にとっては、むしろ宿願だろう。

 だが、日本は「万邦無比」の誇りをもっている。それは「万世一系の天皇」をいただいているということである。そしてこれは世界唯一のものであり、世界の憧れでもあるのだ。
象徴としての務めについてのお気持ちを表明される天皇陛下=8月7日、皇居・御所応接室(宮内庁提供)
象徴としての務めについてのお気持ちを表明される天皇陛下=8月7日、皇居・御所応接室(宮内庁提供)
 日本は平安時代や江戸時代に数百年にわたる平和社会が続いた。また、戦後日本も70年近くにわたり平和を維持している。しかも、江戸時代から現在まで、来日した外国人が一様に認めるように、治安が良く、親切で、世界一安全な国である。世界中それほど安定して安全な社会があるだろうか。これも「万邦無比」であろう。

 この平和な社会は、全人類にとって貴重な文化財産でもある。では、こうした「万邦無比」の平和と安定、そして安全な社会は、いったいどう生まれたのだろうか。それは「万世一系」が象徴するように、超越的な「天皇」の存在があってこそ、その社会を育んだのである。天皇を中心として国民がまとまり、平和が維持されてきたのである。そうでなければ、「万世一系」自体が不可能である。中華の王朝交替時に見られた反乱や虐殺の歴史を見れば、それは明らかであろう。

 日本人にとっても、人類史にとっても「万世一系」の超越的な天皇の存在が、いかに貴重で「万邦無比」あり、未来の人類にとっても福音であるかということを明らかにするのが、本書を世に問う動機の一つである。