黄文雄(評論家)

《徳間書店『世界が憧れる天皇のいる日本』より》


天皇の権威は「神格化」からくるものではない


 バチカン教皇庁のローマ教皇やかつてのオスマン・トルコの皇帝、ロシア帝国のツァーリが、権力と権威の両方を持つことは知られている。

 日本の天皇は権威を持っているが、権力者ではない。権威というものはたいてい長い歳月を経た伝統から生まれるものが多いが、「造神運動(ぞうしんうんどう)」、いわゆる「神格化」によって作り出されるものもある。その一例としては、文革中、毛沢東を神格化しようとした「造神運動」がある。全民運動による物量作戦で、毛沢東が毛沢東思想とマルクス・レーニン主義の最高峰として不動の権威を確立したことはよく知られている。

 日本の天皇が神聖視されるようになったのは明治維新後からではない。「現人神(あらひとがみ)」「現御神(あきつみかみ)」と呼ばれたのは、日本人のごく自然の感情の発露であって、神格化された神ではない。
伊勢神宮を参拝するため近鉄宇治山田駅に到着された天皇、皇后両陛下。左は20年ぶりに携行される「三種の神器」の剣=2014年3月25日午後、三重県伊勢市(沢野貴信撮影)
伊勢神宮を参拝するため近鉄宇治山田駅に到着された天皇、皇后両陛下。左は20年ぶりに携行される「三種の神器」の剣=2014年3月25日午後、三重県伊勢市(沢野貴信撮影)
 大日本帝国憲法に「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」(第一条)、「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」(第三条)という記載があるが、それは権威に関する記述であって、国家の大事はほとんど議会、閣議で決定し、天皇が独断で決めたことはない。

 和辻哲郎(わつじてつろう)は、天皇は「現御神」であっても「ヤーヴェやゼウスのように超自然的超人間的な力を振るう神なのではない」として「御自らも神仏に祈願せられる」という祭司としての神だと指摘している(『尊王思想とその伝統』)。

 『聖書』の「創世記」では、人間は天の父によって「つくられた」ものだとされている。これに対し、日本人は「神から生まれた」もので、神とは直接血がつながっているとされる。初代の神武(じんむ)天皇の開国は、武力によるよりも天照大神(あまてらすおおみかみ)からの血のつながりによってなされた伝統的権威であって、新たに「造神運動」などする必要がなかった。

 天皇の真の使命は祭祀(さいし)だ。それは祭主としての神聖観からくる使命である。即位の後の大嘗祭(だいじょうさい)において、進退をつねに三種の神器とともにしていることからも明らかである。