今上の示された共同体とは


 しかし、それに抗ったのが今回の御意思の表明ビデオでした。今上はこれまで作り上げてこられた象徴天皇の解釈によって、民衆とつながる天皇という像を直接国民に語りかけることで実現したからです。今後健康寿命と寿命の差が開く超高齢化社会にあって、仮に深刻なお病気をされた場合、生命維持装置に繋がり続けなければならないこともあるかもしれません。現に多くの高齢者はそのような運命をたどっています。とにかく生きていればよい、というあり方では象徴天皇とはいえない。そのような考え方は、むしろ自身のこれまでの活動を適切に評価しているとは言えないと踏み込んで発信されたのだともいえます。

 ここでビデオメッセージの中でとくに目を引いた言葉をあげてみたいと思います。「共同体」という言葉です。市井の人々が慈しみ存続させている、いたるところの共同体に、自らは象徴として息づいているのだというメッセージでした。正直申し上げて、衝撃を受けた人は少なくなかったのではないでしょうか。その共同体が残っているのは日本の地方でしかないかもしれませんが、そここそが自民党の地盤であり、もっぱらイデオロギー活動にいそしむ保守派論客が決して根を下ろそうとはしていない郷里だからです。私には、直後に短い会見をした総理の眼にうっすらと水の膜がかかっているように見えました。穿った見方かもしれません。真相は分かりませんが、多くの地方選出の保守系議員は今上陛下のお言葉を受け止めることができたのではないかと思うのです。
天皇陛下の「お気持ち」を受け、発言する安倍晋三首相=8月8日、首相官邸(斎藤良雄撮影)
天皇陛下の「お気持ち」を受け、発言する安倍晋三首相=8月8日、首相官邸(斎藤良雄撮影)
 翻って、リベラルは代替わりをしつつあります。戦前回帰を戒め、天皇の影響力を極小化したい観点からは、今上のビデオメッセージによる直接の国民への呼びかけは心穏やかでない人もいるでしょう。政策に関与しないと明言されたとはいえ、その自信に満ちたご風からは、都市リベラルは戸惑いを感じる向きもあるでしょう。ですが、新しい世代は、より普遍的に物事を見たうえで、天皇家の人権という概念も受け入れる余地があります。もしくは今上の来し方から、すぐに戦前回帰という脊髄反射をしない傾向もあります。

制度変更における緊張関係


 制度変更ということになると、一人の生身の人間の「引退したい」という意思と、譲位を制度化することによる潜在的な懸念との緊張関係の中で、制度設計が定まっていくことになるでしょう。もう一つの重要な観点は、憲法改正が現実的な問題として議題に上ってくる参院選後の今の日本において、天皇をどのように位置づけていくかということです。君主と国民主権と代議制民主主義という緊張関係を孕んだバランスのもとに、あらゆる人の人権を守っていくということは、天皇の独断も、多数の専制も、政治エリートの暴走も許さないということにほかなりません。今上の人権に配慮しつつ、政治エリートと主権者である国民が議論をしていく必要があるでしょう。
(ブログ「山猫日記」より2016年8月9日分を転載)