この考えは戦後の現在の憲法や皇室典範にも基本的に継承され、政府はこれまでにも国会で繰り返し、退位・譲位が認められない理由を説明してきた。そこで挙げられてきた理由は、(1)退位を認めると、歴史上みられた上皇や法皇といった存在が出て弊害を生ずる恐れがある。(2)天皇の自由意思に基づかない退位の強制があり得る可能性がある。(3)天皇が恣意的に退位できることになると皇位の安定性を脅かす――。そして、退位・譲位ではなく、摂政や国事行為の臨時代行の制度で十分対処できるとしてきた(平成4年4月7日、参議院内閣委員会、宮尾盤・宮内庁次長)。

 今回の陛下のご意向は事実上、この明治以来確立された終身在位制を否定された。摂政の制度があるから退位・譲位は必要でないとするこれまでの政府見解を明確に否定された。すなわち現在の憲法や皇室典範が構想している皇室の制度をいったんゼロベースに戻して、ご生前での退位・譲位を可能とする新たな制度設計を求められたということだ。

副大臣の認証式を終えられた天皇陛下。右は安倍首相=8月5日、皇居・宮殿「松の間」(代表撮影)
 陛下が自ら「重い務め」とされる「象徴」としての務めに取り組まれるご姿勢は大変尊く、ご負担の軽減をして差し上げたいと思うのは政府も国民の大多数も共通した思いだろう。しかし、むしろ積極的に排除している退位・譲位を可能とする制度を新たに構築するとなると気の遠くなるほど多くの検討と混乱を生じさせない精緻な制度設計が必要となる。

 選択肢は4つだろう。①ご生前での退位・譲位を可能とする皇室典範の改正。②恒久法である皇室典範は改正ではなく、今回限りとする特別立法の制定。③退位・譲位でなく、摂政を置く。④同じく退位・譲位でなく、国事行為の臨時代行の制度を活用する――である。

 ①②には大きな困難を伴う。積極的に排除している退位・譲位を認めるに当たってそれを皇室典範でなく、特別立法で可能かについても検討しなければならない。関連して見直さなければならない制度はあまりに多い。退位・譲位の要件や手続きを明確化しなければならない。先の政府見解との整合性を考える必要がある。ご高齢によるものであったとしても天皇の自由意思による退位・譲位を認めると例えば、気に入らない総理大臣を任命したくないために退位を表明したり、表明させられたりするなどして、天皇の信任を得られない総理としてのダメージを与えることも考えられるとの指摘もある(園部逸男著『皇室制度を考える』中央公論新社、2007年)。

 また、退位・譲位を認めるとなると、その反映として皇位継承権のある男性皇族が天皇の位に就かないこともできるのかという問題も生じる。「万一継承者のすべてが就位を拒否するという事態に至るならば、天皇という制度は存立の基礎を揺り動かされることになる」との指摘もある(高尾亮一、憲法調査会事務局『皇室典範の制定経過』1962年)。恐るべき事態だ。