潮匡人(評論家、拓殖大学客員教授)

 かつて私は(航空自衛隊の全戦闘部門を統括する)航空総隊司令部(総務課兼防衛課)の幕僚として勤務していた。以下は当時の会話である。

「お前(潮)も対策本部の要員だろ、今日はもう帰っていいぞ。明日の朝は早いけど、遅れるなよ」

「無理です」

「なぜだ?」

「私は京王線で出勤しておりますが、訓練想定では明日の発災により、京王線は運行停止となりますので」

「ばかやろう、屁理屈をこねるな」(以下略)

 およそ以上のやり取りの末、私は早朝から出勤することになった。あれから四半世紀以上が経過したが、おそらく今も、自衛隊を含めた中央省庁や警察、消防など関連機関で同様の会話が繰り返されているのではないだろうか。

 昨平成27年、政府は「防災組織体制の機能の確認や実効性を検証し、防災対応力の向上を図るため」9月1日(防災の日)に以下の訓練を実施した。

「首都直下地震を想定し、内閣総理大臣を本部長として全閣僚に御参加をいただき、緊急災害対策本部の訓練を官邸で行う。(以下略)」(内閣府)
「防災の日」第1回緊急災害対策本部会議に臨む安倍晋三首相(左から2人目)=平成27年9月1日、首相官邸(斎藤良雄撮影)
「防災の日」第1回緊急災害対策本部会議に臨む安倍晋三首相(左から2人目)=平成27年9月1日、首相官邸(斎藤良雄撮影)
 ちなみに地震想定の発生日時は9月1日7時10分頃。震源地は東京都多摩東部で地震規模はマグニチュード7.3。東京都と埼玉県、神奈川県で震度6強となる。

 もし以上の「想定」が現実となれば、どうなるか。

 京王線に限らず、首都圏のJRや私鉄、営団地下鉄など、すべて運行停止となろう。かつて航空総隊司令部があった府中基地だけではない、市ヶ谷の防衛省も、総理官邸も、公共交通機関を利用して通勤している政府職員はみな出勤できない(はずだ)。

 さて、現実(?)はどうだったか。

 昨年に限らず、毎年の恒例行事と化したが、防災服を着た全閣僚が緊急災害対策本部に集い、予定どおり訓練が実施された。どうせ今年も、そうなるのであろう。

 だが、それはおかしい。もし上記の「想定」が現実となれば、都心の交通網が麻痺する。閣僚は誰も官邸までたどり着けない(はずである)。もし総理が、公邸でなく私邸に宿泊していたのなら、(当番要員を除き)官邸も空き家と化す。電車が止まっても、公用車があるとの反論があるかもしれないが、それは机上の空論でしかない。