加谷珪一(経済評論家)

 参院選で改憲勢力が3分の2を超えたことで、憲法改正が具体的な視野に入り始めた。だが日本の安全保障に関する議論においてスッポリと抜け落ちているものがある。それは経済と金融の視点だ。経済体力を無視して戦争を遂行することはできないし、それを強行すれば太平洋戦争のように国家財政を完全に破たんさせてしまう。

 日本は明治の近代化以降、日清戦争、日露戦争、太平洋戦争という3つの大きな戦争を経験してきた。日清・日露戦争は経済体力の範囲内で遂行された合理的な戦争といってよいが、太平洋戦争だけはまるで状況が異なっている。太平洋戦争の異常さは数字を見れば一目瞭然である。
 
 日清戦争における戦費総額のGDP(国内総生産)比は約0.17倍だった。当時の国家予算(一般会計)との比較では約3倍となっている。近代兵器が投入された日露戦争は戦費が大幅に膨らみ、GDP比では約0.6倍、国家予算比では約6.5倍になった。日露戦争はかなり無理をした戦争だったが、それでも国内の経済活動を犠牲にしなくても済むギリギリの水準に収めたとみてよいだろう。

 ところが太平洋戦争になると根本的にケタが変わってくる。太平洋戦争(日中戦争を含む)の名目上の戦費総額は約7600億円だが、これはGDP比では33倍、国家予算に対する比率では280倍という途方もない数字である。当時の日本は、無理な戦費調達から歯止めの効かないインフレが進行しており、見かけ上の戦費が大きく膨れあがった。
昭和17年4月、大阪・梅田の国債債券売場に女優の初代水谷八重子一座が応援。タスキをかけ戦時債券の販売PRをした
昭和17年4月、大阪・梅田の国債債券売場に女優の初代水谷八重子一座が応援。タスキをかけ戦時債券の販売PRをした
 インフレを考慮した実質的な戦費は2000億円程度になるが、それでもGDPとの比率では約8.8倍、国家予算との比率では74倍である。先ほどの数字よりは小さいものの、現在のGDPに換算すると4400兆円であり、天文学的なレベルであることに変わりはない。戦費を経済体力の範囲内に納め、国民生活に影響を与えることなく第二次大戦を乗り切った米国との違いはあまりにも大きい。

 太平洋戦争の異常さは金額だけではない。その財務戦略もまるで異なっている。日清・日露戦争の戦費は基本的に国庫からの支出や国債の市中消化によって賄われた。特に日露戦争の戦費調達については、英国のシティと米国のウォール街にある投資銀行のネットワークがフル活用された。当時の資金調達の責任者であった高橋是清(のち蔵相・首相、2.26事件で暗殺)は、海外投資家に対して見事なプレゼンを行い、巨額の起債に成功している。

 一方、太平洋戦争は費用があまりにも巨額であり、国債を市中で消化させることは到底不可能であった。当時の覇権国家である英国と米国を敵に回しており、グローバル市場で資金を調達することもままならない。結局、日本は戦費のほとんどを日銀の国債直接引き受けで賄った。

 つまり日銀が輪転機を回し続けるという政策であり、当然のことながら、この施策は円の価値を激しく毀損させる。結局、日本は終戦をきっかけに物価が約180倍に上昇するという準ハイパーインフレを起こし、経済は完全に破たん。最終的には財産税によって国民の預金を根こそぎ奪う形で帳尻を合わせる結果となった。

 日露戦争と太平洋戦争の顛末を比較すると、戦争というものが経済や金融と不可分であることがよく分かる。日露戦争では、日英同盟を背景に英国から最新鋭兵器を自由に調達することができた。資金面においても、シティとウォール街の協力を取り付けることに成功している。