兵頭 二十八(軍学者)


 先の大戦中の日本陸軍のエリート幕僚たちに「戦争のセンスが無かった」ことは、争えません。

 疲労衰弱死を含めた戦地における「広義の栄養失調死」の陣没者数が、他国軍とは比較にならず多かったという事実……。それを当時も戦後も「作戦計画の初歩的失敗だった」と自覚して恥じている様子が彼らには無いのですから、話にもならんでしょう。

 もちろん、参謀本部というよりは「陸軍経理学校」の責任だろうと考えられる分野もあります。近代軍隊の野外兵糧としては最も不都合の多い「生米」の補給体制を見直さなかったことなどはその筆頭です。

 もう日露戦争中から「道明寺糒」(どうみょうじほしいい。モチゴメや屑米をいったん蒸してから乾燥させた口糧で、戦地では水でふやかすだけで消化可能になる。燃料は要らず、煙も立たない。ちなみに生米をいくら水でふやかしても人の腸では消化できない)の実用性と、「冬はすぐにガチガチに凍結してしまう」等の飯盒メシの欠陥が幾度も確認されているのに、彼らは漫然と抜本改革を先延ばししました。

ミャンマー・チン州で見つかった日本軍の弾薬=2015年3月20日、ミャンマー・ティディム(豊吉広英撮影)
ミャンマー・チン州で見つかった日本軍の弾薬=2015年3月20日、ミャンマー・ティディム(豊吉広英撮影)
 道のないジャングル内で重い弾薬を推進するのに最も合理的な、「荷物をフレームから吊るした市販品の自転車を手で押して歩く」という方法も、彼らは発見することができず(発見したのは戦後のベトナム人たちです)、いかにも机上の思いつきそのままな、リヤカーもどきの専用小型人力荷車などを試作して得々としていた情けない実態が、戦前の経理学校の機関誌を見ると分かります。そんなものが崖道や藪の中で使い物にならぬことは、近くの里山で即日に確かめられたでしょう。「その業界のプロとはいえない者たち」が素人了見で、税金を徒費しながら日々、自己満足に耽っていたのです。

 参謀本部にもそれはそっくりあてはまりました。