小堀桂一郎(東京大学名誉教授)

 昨年の8月1日に靖國神社で戦後初めての「済南・通州両事件殉難者慰霊祭」といふ祭事が民間有志の発案により行なはれてゐる。ごくささやかな内輪の催しであつたし、特に広報にも努めなかつたので、参列者も多くはなく、こんな行事があつた事を知つてゐる人も少ないだらう。

 それでも本年もその第2回の慰霊祭を8月6日の土曜日に斎行する予定である。偶々(たまたま)その日は広島に原爆が投下された記念日に当つてゐる。これは沖縄の地上戦終結の日、長崎の原爆被害の日、又東京の下町が大空襲を受けた日等と並んで過ぐる大戦で非戦闘員である一般市民が大量殺戮(さつりく)の悲運を蒙つた殉難の象徴的な日付と考へてよいと思ふ。

 本年は殊に広島の大虐殺の実行責任者である米合衆国大統領の、その70年後の後任者が現役の身を以て原爆被害者の慰霊碑に詣で来り、謂(い)はばその罪責を自ら認めたのであるから、此の日を無辜(むこ)の戦争殉難者の慰霊を斎行し、その悲痛の記憶を新たにする日とするのは適切であらう。
原爆慰霊碑に献花するオバマ米大統領=5月27日(AP)
原爆慰霊碑に献花するオバマ米大統領=5月27日(AP)
 ところで昭和12年7月29日に発生した北京東郊通州での邦人居留民(内地人117名、朝鮮人106名)大量虐殺事件の惨劇について、筆者には別種の或る感慨がある。昭和61年夏の高校用国史教科書外圧検定事件の記憶である。

 あの時、原書房から刊行予定の『新編日本史』の監修者の一人として、筆者は文部省教科書調査官の検定意見を拝聴する立場に在つたのだが、この教科書に記述してあつた通州事件の悲劇については57年の検定虚報事件の跡始末として宮沢喜一官房長官の定めた近隣諸国条項の壁は何とか突破したものの、検定合格後に更に加へられたいはゆる外圧修正として遂に削除を命ぜられた記憶を持つ。

 その外圧とは、文部省は「向こう側」の要求だとしか言はず、それは何者かとの私共の反問に、只、察してくれ、といふだけだつたが、本紙61年7月5日号は第1面に、それは北京政府と外務省内の親中派の事だ、と判然と認める体の記事を作つてくれてゐる。

 あれから本年で丁度30年が経過した。この間平成2年には故中村粲(あきら)氏の労作『大東亜戦争への道』が刊行になつて、済南事件、通州事件共に、漸(やうや)くその実相が具体的に記述されるに至つたが、それ以前は例へば『國史大辭典』の如き斯界の権威たるべき基本的文献に於いてさへも、中華民国側の虚偽宣伝をそのまま批判も加へずに引用したかの如き筆法によつて他人事の様に記してゐるだけである。