小林信也(作家、スポーツライター)


 体操ニッポンは、期待どおり、いや期待以上の成果を収めた。

 男子団体ではアテネ五輪以来の金メダルを獲得した。予選は4位。決勝の滑り出しでも落下があり、厳しい状況から勝ち取った勝利だった。

体操男子決勝 内村航平の床運動=8月8日、リオ五輪アリーナ(撮影・桐山弘太)
体操男子決勝 内村航平の床運動=8月8日、リオ五輪アリーナ(撮影・桐山弘太)
 男子個人総合は、内村航平が最終種目で大逆転。加藤沢男以来の五輪連覇を果たした。さらに女子も団体総合4位に入り、2020東京五輪に向けて大きな希望を抱かせた。

 内村航平は、5種目を終えた時点で、ペルニャエフ(ウクライナ)に0・901点差をつけられ2位。大逆転を現実にするためには、内村が最終種目の鉄棒で完璧な演技をするしかなかった。その重圧、追い込まれた状況で、王者・内村航平は高難度の演技を感動的に演じきった。後になって、演技の途中でぎっくり腰にも似た痛みを発症するアクシデントに見舞われていたと知らされたが、まったくそれを感じさせない勢いでフィニッシュも決めた。

 あるテレビ番組で、「宿命」という言葉で、内村が自分自身の挑戦、なぜ体操に打ち込むかの理由を表現したのを見たことがある。

 かつては体操ニッポンと呼ばれた時代があったが、長く低迷する時期もあった。そんな中、両親が長崎県諫早市で始めた体操教室で体操を始めた。内村が3歳の時だった。中学卒業と同時に上京し、朝日生命体操クラブに入る。内村は、両親はもとより、体操ニッポンの歴史を築いた先輩たちの情熱や期待をも一身に担う存在だった。内村自身がある時からそれを自覚し、それを喜びに感じていたように見える。それは想像を絶する苦しさでもあるだろうが、それだけの可能性を与えられた者だけの特権であり、見事にその宿命を開花させ、歓喜に変えた。