著者 茶阿弥(ブログ「日韓近代史資料集」管理人、九州在住)

教科書における竹島記述の強化

 平成26年1月の中学校学習指導要領解説及び高等学校学習指導要領解説の改訂によって、中学・高校の教科書における竹島問題を含む領土問題の記述が強化されることとなった。例えば中学校の社会「地理」では、「竹島について、我が国の固有の領土であることや韓国によって不法に占拠されていること、韓国に対して累次にわたり抗議を行っていること等を扱うこと」とされ、これに沿った教科書が平成28年度から使用されることになっている。

2015年春から小学校で使われる教科書。竹島や尖閣諸島について政府見解に沿った記述が盛り込まれた
2015年春から小学校で使われる教科書。竹島や尖閣
諸島について政府見解に沿った記述が盛り込まれた
 筆者は、竹島問題に多少の関心を持っていて、竹島が一日も早く日本に帰って来ることを願っているが、そのためにはまず、問題自体が広く国民に知られることが重要で、教科書の記述強化の動きも必要なことだろうと思う。

日本政府の主張を批判する本

 右の改訂学習指導要領解説では、竹島は「我が国の固有の領土である」という文言が見えるわけだが、最近、この「竹島は日本固有の領土」という日本政府の説明に辛辣な批判を加える『竹島―もうひとつの日韓関係史』(池内敏氏著、2016年1月、中公新書) という本が出版された。この本は、古代から現代に至るまでの日韓両国の竹島関連の歴史史料を多数引用し、竹島(韓国では「独島」と呼ばれる)領有権に関する日韓両国政府の主張の妥当性を検証したもので、「誰が分析しても同一の結論に至らざるを得ない、歴史学の到達点を示す」と紹介している(表紙裏)。

 この本の大きな特徴は、日韓両国の主張のいずれに対しても否定的なことである。著者(池内敏氏。以下同)は、韓国政府の主張に対しては、例えば、朝鮮の古文献・古地図にしばしば現れる「于山(ウサン)島」が竹島(独島)であって朝鮮は古くから竹島(独島)のことを「于山島」として認知して朝鮮の領土として扱って来たのだとする韓国側の主張(「于山島説」)についてはそれは成り立たないとし、また韓国政府が1900年の大韓帝国勅令第41号で竹島(独島)を「石島」という名前で公式に行政管轄権の範囲にあるものと規定して官報で公示したとする主張(「石島説」)についても、いまだそれが直接的に証明されたことはないとし、韓国側の重要な論拠をいずれも否定する。

 一方、日本政府の主張に対しても、まず、「日本は17世紀半ばには竹島の領有権を確立しました」(外務省「なぜ日本の領土なのかがハッキリ分かる! 竹島問題10のポイント」)という説明に対して、日本人が今の竹島(竹島は江戸時代には「松島」と呼ばれていた)に行き来することに中央政府である徳川幕府から公式の許認可があったことは論証不可能なので、この外務省見解は「致命的な弱点を抱えている」という。

 また、元禄9(1696)年に幕府が鳥取藩あてに発した元禄竹島渡海禁令(江戸時代の日本では朝鮮の鬱陵島が「竹島」と呼ばれていたが、その竹島への渡海を禁ずるもの)においても、また天保期に幕府の指示で全国各地に高札が立てられた竹島(鬱陵島)への渡航を禁ずる指示(天保竹島渡海禁令)においても、今の竹島への渡海を禁止することを明示する文言はないが、これら禁令が発された経緯を詳細に見ていけば今の竹島への渡航も禁止する趣旨が含まれていたのは明らかで、これら禁令によって我が国は竹島(今の竹島)の領有権を放棄したことは否定できないという。

 さらに、明治10(1877)年、ときの最高国家機関である太政官が、島根県から提出された質問について朝鮮の鬱陵島とともに今の竹島についても「日本領外」と判断する指令を下したという。つまり、著者の見方では、日本のそのときどきの中央政府が今の竹島は日本領ではないことを何度も確認してきたということになる。

 明治38(1905)年に明治政府が今の竹島を「竹島」という名称で公式に島根県の区域に領土編入する手続きを取ったことは、日本側の竹島領有権主張の最重要ポイントなのだが、著者は、日本政府は編入決定の前に韓国に対して事前照会をしておらず、仮に事前照会をしていたならば、韓国としてもそのころには竹島(独島)に対する領有意識を芽生えさせていたのだからおそらく紛糾が生じたはずだと推測する。そして、戦後の日本の領土範囲を決定したサンフランシスコ講和条約において竹島は日本領として残ったのだが、このことに関しても著者は、もし1905年時点で竹島編入をめぐって日韓両国間に紛糾があったとすれば、サンフランシスコ講和条約の起草に際してもその紛糾が考慮され、条約で竹島が日本領として残ることにはならなかったかもしれないという推測を述べる。

 以上のような検討を経て、著者は「日本側・韓国側の主張には、どちらかが一方的に有利だというほどの大きな格差はない」と結論付けた上で、「日本人・韓国人を問わず、自らの弱点を謙虚に見つめ直し、譲歩へ向けて勇気をふるうことが、いま求められているのではないか」という提言で本をまとめる。

 このような主張を載せた『竹島―もうひとつの日韓関係史』は、メディアにおいても、ネットに現れた個人の感想においても、「竹島問題を感情論を排して理解するのに最適」(週刊エコノミスト、2016年2月16日号)などのようにかなりの高評価を得ている。確かに、さまざまな歴史史料を引用しつつ細やかな議論を展開――それも、日韓両国政府の主張に対して共に批判的な観点から――する本書は、一見すれば、本のオビにあるように「思い込みや感情論を排した歴史学による竹島の史実」を書き表したもののような印象を与える。しかし、実際はそうではない。