著者 プリン

 昨今さまざまな事件や出来事が社会問題としてテレビのニュースや新聞に多く取り上げられている。それらは環境、食料、宗教など世界的規模の問題から、いじめ、虐待、自殺そして貧困問題といった我が国の社会的構造やシステムの弱点がそのまま浮き彫りになった問題まで、種類も対象も多様化し一朝一夕には解決できない難題である。

 私たち国民はこれらの問題を誰が解決してくれるのかと、ニュースからの情報や統計による数字に一喜一憂し、選挙では少しでもそれらが改善し解決されるよう大きな望みを一票に託し候補者に投票する。しかし、それでどれくらいの問題が解決されてきたのか、そしてこの世の中がどれほど良くなったのか、疑問に思う。これらの問題を一つでも多く解決し、みんなが住みやすい世の中を築いていくために一体どのような人材が社会に必要とされているのだろうか。そしてそのような人材を育成するためにどのような教育が役に立つのだろうか。

 数年前、同じ町のアパートで虐待によって幼児の尊い命が奪われる事件があった。普通なら友達と公園など外で遊びたい盛りのころだが、新聞には幼稚園どころか外にも出してもらえなかったようだったとあった。本来なら親や周りの人間から愛情をたっぷり注がれて育たなければいけない時期に、心も体も散々痛めつけられ死に至った。誰も助けてあげられなかったことに無念さを覚えた。

 私たちが認識している虐待の数は氷山の一角で、実際にはかなりの数の子供たちが虐待に遭っているといわれている。虐待を受けて歪められた人間の根幹を元に戻すのはかなり難しい。社会にうまく適応していける可能性も低いのではないかと思う。幼児期という人間形成の大事な時期に周りの大人とうまく信頼関係が築けてこそ、成長して社会に出たときに充実した社会生活を営むことができ、そして個々の充実した営みがより良い世の中を築いていく力になるのではないかと思う。
 充実した社会生活を営む力とは何であろうか。職業に就くための専門的な能力や知識、困難を乗り切る精神力、他人とうまくやっていく協調性、思いやりの心などが挙げられるが、これらを育むために共通するものがコミュニケーション能力である。互いの心が意味するところを理解し合い、より良い人間関係を築いていく能力をどう育てるか、多くの親が頭を悩ませている。それは、多くの人間と直に接することでしか築けない能力でかなりの時間と労力を要するからである。核家族化で人間関係が希薄になり、密室での子育ては親も子も不幸にする。そしてそれが虐待を招くケースが往々にしてある。

 コミュニケーション能力を築くには、大人と作業を共にする工程が子供の成長段階で多く必要とされ、地域の人をどう利用できるかが重要なポイントになる。地域には、環境保護団体や障がい者をサポートする団体やNPO、地域の産業の一端を担う農家や加工工場、福祉施設やシルバー人材センター、公民館での活動など大人がいる環境は多数ある。これらと子供たちをうまく結び付けるため、仲介センターを設けてはどうかと思う。

 例えば、母親がシルバー人材センターの清掃活動に子供を参加させたいといった場合、仲介センターに参加可能日を伝えて日程調整を行ってもらい手間を省き参加しやすくする。また、仲介センターは地域の保護者すべてに参加可能な団体の活動内容と日程を配信し、参加を促す。こうすることで参加する子供も団体の方も人間関係が固定されず、多様なコミュニケーション能力が築かれやすくなる。子供は他人と一緒に、清掃という活動を通じた何気ない会話や触れ合いの中から人の温もり、人と接する喜びを感じる。

 一人で解決出来る社会問題はない。問題解決には他人と話し合い妥協点を探りながら相手の意思を尊重し、自分の意図も理解してもらうことが必要になる。このようなコミュニケーション能力を豊かに備えた人材が多く育ち、いかなる社会問題も知恵を出し合い解決する、そのような世の中が来ることを願いたい。