仲野博文(ジャーナリスト)

【リオ五輪短期連載 第4回】

中傷で引退寸前、苦悩を超えてつかんだ「金」


 8日に行われた女子柔道57キロ級で、地元リオデジャネイロ出身のラファエラ・シルバ選手が金メダルを獲得した。24歳のシルバ選手は、リオデジャネイロのファベーラ(貧民街)出身。今大会でブラジルに最初の金メダルをもたらしたのが、カリオカ(リオっ子)というのはリオ市民にとって非常に嬉しいニュースではないだろうか。

柔道女子57キロ級で優勝を決め、喜ぶブラジルのラファエラ・シルバ
=リオデジャネイロ(共同)
 少女時代の8年間をリオデジャネイロで最も治安が悪いとされるファベーラで過ごしたシルバ選手は、小学生時代に柔道を習い始めた。彼女が暮らしていたファベーラは、世界的にヒットした2002年のブラジル映画『シティ・オブ・ゴッド』の舞台にもなったエリアで、暴力事件や麻薬がらみの犯罪は日常茶飯事だ。シルバ選手の父親のルイス・カルロスさんは、娘が犯罪に巻き込まれないようにという思いから、シルバ選手と姉のラクエルさんに柔道を習わせることにした。

 7歳で柔道を始めたシルバ選手は、少年少女にスポーツを教える非営利組織のサポートを受け、柔道家として上達を続け、2008年にタイのバンコクで行われた世界柔道ジュニア選手権大会で57キロ以下級に出場し、見事に優勝を果たしている。ロンドン五輪にブラジル代表として出場したシルバ選手は、2回戦で反則と判断され、敗退した。この時、シルバ選手はまだ20歳だったが、引退を真剣に考えていたのだという。彼女が引退を考えた理由は、柔道家としての限界といったものではなく、試合後に浴びせられた多数の中傷であった。

 試合後、シルバ選手の敗退に憤慨したブラジル人がツイッターなどでシルバ選手を誹謗中傷する書き込みを繰り返した。これらの書き込みには、柔道の試合内容ではなく、黒人のシルバ選手に対して人種差別的な言葉を投げかけたものも少なくなく、あるユーザーはシルバ選手に対し「檻に入った猿め。お前なんかオリンピック選手ではない」とツイートし、ブラジルのオリンピック委員会が差別発言の投稿者に対して法的措置を検討する事態にまで発展した。

 シルバ選手は引退という選択をせずに、地元リオで開催されているオリンピックで見事に金メダルを獲得した。金メダルを手にして間もない10日に、シルバ選手は人種差別に関するフォーラムに出席し、その後の記者会見で「私が檻の中に入れられるべきと言った人たちがいましたが、このメダルが彼らへの私からの回答です」と涙ながらに語った。シルバ選手は記者会見の中で、ファベーラで暮らす黒人は日々の生活の中で人種差別に直面しているとも語り、ブラジル国内に現在も存在する人種差別や女性差別を社会から無くすことを訴えた。しかし、シルバ選手にとって金メダルは人種差別へのカウンターパンチというだけの存在ではなく、将来への希望を象徴するものでもあるようだ。シルバ選手は「このメダルは、ファベーラで暮らす子供達の模範にもなるのです」とも語っている。