西岡力(東京基督教大学教授)



 私は、現在の安倍晋三政権の国際広報政策について強い懸念を持っている。このままでは、我が国と先祖に対する著しい名誉毀損が国際社会で定着してしまう恐れがある。安倍総理自身はその立場で懸命に努力されているが、外務省が総理を歴史戦の戦場に単騎で送り出し、ともに戦うことを放棄しているように見えてならない。

 第1次安倍政権の2007年、米議会で事実無根の慰安婦決議がなされようとする中、安倍総理が国会で慰安婦の強制連行は確認されていないという趣旨の答弁をして、それが海外のメディアに歪んで報道された。そのとき、外務省は総理の答弁を支える広報活動をせず、在米大使館が大使名義で米議会議員に「慰安婦問題について日本は河野談話で謝罪しアジア女性基金で償いを行った」とだけ伝えた。そのときと今の状況が重なる。

 その背景には、名誉毀損を払拭する努力は外交上、得策でないという外務官僚多数派の政策判断があるのではないかと、私は疑っている。なぜなら、外務省OBらがほぼ同じ意見を主張しているからだ。本稿では安倍総理と外務省の戦う姿勢の大きな乖離について指摘した上で、その背景にある歴史戦争不戦敗という不作為の政策を紹介し、歴史戦をどう戦うべきか考えたい。

安倍総理の意向に沿っていない外務省HPの記述

 まず、本年1月18日参議院予算委員会での安倍総理の答弁を紹介する。その日、中山恭子議員が前年12月の日韓慰安婦合意(共同発表)によって、国際社会に著しい日本誹謗が拡散しているとして、次のように質問した。

〈日本が軍の関与があったと認めたことで、この記者発表が行われた直後から、海外メディアでは日本が恐ろしい国であるとの報道が流れています。日本人はにこにこしているが、その本性はけだもののように残虐であるとの曲解された日本人観が定着しつつあります。今回の共同発表後の世界の人々の見方が取り返しの付かない事態になっていることを、目をそらさずに受け止める必要があります。

 外務大臣は、今回の日韓共同発表が日本人の名誉を著しく傷つけてしまったことについて、どのようにお考えでしょうか。〉

 これに対して岸田文雄外相は日本の名誉を守るという強い姿勢の見られない通り一遍の答弁をしたので、中山議員が安倍総理の見解を質した。

「3・1独立運動」の記念式典で万歳する韓国の朴槿恵大統領=2016年3月1日、ソウル(共同)
「3・1独立運動」の記念式典で万歳する韓国の
朴槿恵大統領=2016年3月1日、ソウル(共同)

 これに対して安倍総理は、

 1、慰安婦問題に関して海外に正しくない誹謗中傷がある、
 2、性奴隷、20万人は事実でない、
 3、慰安婦募集は軍の要請を受けた業者が主にこれに当たった、
 4、慰安婦の強制連行を示す資料は発見されていない、
 5、日本政府が認めた「軍の関与」とは慰安所の設置、管理、慰安婦の移送に関与したことを意味する、

 という重大な5つの反論を自分の言葉で、次のように明快に答弁した。その直後の中山議員とのやりとりもあわせて引用する。この5つこそが今後の慰安婦問題での国際広報の骨子となるべきものだ。そして、6つめに総理がここで行った反論は、日韓慰安婦合意後になされたという点も重要だ。合意で自制を約束したのは韓国政府への批判であって、国際社会に広がる事実無根の誹謗中傷には反論していくという総理の意思が以下の答弁に込められている。それを外務省が無視していることを告発するのが本稿の目的だ。

〈先ほど外務大臣からも答弁をさせていただきましたように、海外のプレスを含め、正しくない事実による誹謗中傷があるのは事実でございます。

 性奴隷あるいは二十万人といった事実はない。この批判を浴びせているのは事実でありまして、それに対しましては、政府としてはそれは事実ではないということはしっかりと示していきたいと思いますが、政府としては、これまでに政府が発見した資料の中には軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述は見当たらなかったという立場を辻元清美議員の質問主意書に対する答弁書として、平成十九年、これは安倍内閣、第一次安倍内閣のときでありましたが閣議決定をしておりまして、その立場には全く変わりがないということでございまして、改めて申し上げておきたいと思います。

 また、当時の軍の関与の下にというのは、慰安所は当時の軍当局の要請により設営されたものであること、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送について旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与したこと、慰安婦の募集については軍の要請を受けた業者が主にこれに当たったことであると従来から述べてきているとおりであります。

 いずれにいたしましても、重要なことは、今回の合意が今までの慰安婦問題についての取組と決定的に異なっておりまして、史上初めて日韓両政府が一緒になって慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認した点にあるわけでありまして、私は、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子供たちに謝罪し続ける宿命を背負わせるわけにはいかないと考えておりまして、今回の合意はその決意を実行に移すために決断したものであります。

中山 総理の今の御答弁では、この日韓共同記者発表での当時の軍の関与の下にというものは、軍が関与したことについては、慰安所の設置、健康管理、衛生管理、移送について軍が関与したものであると考え、解釈いたしますが、それでよろしゅうございますか。

安倍 今申し上げたとおりでございまして、衛生管理も含めて設置、管理に関与したということでございます〉