平井伯昌(競泳日本代表ヘッドコーチ)

 「どんな指導をしたんですか?」

 「どうすればオリンピック選手が育つんですか?」

 最近になって、そんな質問を受ける機会が多くなった。私がコーチを担当している北島康介、中村礼子、上田春佳という3人の選手が、そろって北京オリンピックの代表選手として出場したからである。
北京五輪男子100メートル平泳ぎ決勝で優勝した北島康介=2008年8月(共同)
北京五輪男子100メートル平泳ぎ決勝で優勝した北島康介=2008年8月(共同)
 ご存じのとおり、康介は100メートルと200メートルの平泳ぎで、アテネにつづき二大会連続の金メダルを獲得した。また、礼子も200メートル背泳ぎで、同じように二大会連続の銅メダルを手にした。春佳に関しては残念ながら決勝進出はならなかったが、200メートル自由形の予選では日本新記録のタイムで泳ぎきった。それぞれの選手が、それぞれにベストをつくした結果だと思う。

 コーチとして、私が指導をするときに気をつけているのは、何よりも選手自身の人間性を把握し、本質を見抜くということ。それがいちばんの原点だと考えている。それができていないと、それぞれの選手に対応することもできないし、お互いの信頼関係も築くことができない。それができて初めて、きつい練習にも耐えることができるし、困難なハードルを乗り越えることもできる。オリンピック、という共通の夢に向かって闘えるのである。

 だが、オリンピックで世界の頂点に立つことだけが、最終目標では決してない。速い選手や、記録に挑戦できる選手を育てることだけが、コーチの役割ではないのだ。水泳を通じてみんなのお手本になる、社会の中でみなさんの役に立っていける人間になってもらいたい。水泳を通じて人間を磨いてもらいたいと思っているのだ。そんな私自身の「指導」に対する姿勢やスタンスを、本書から読み取ってもらえれば幸いである。 

指導者は謙虚な心をもて


 コーチとして私がオリンピック選手を輩出することができたのは、もしかしたら自分が選手としてはほとんど実績がなかったからかもしれない。大学3年生のときに、奥野が入ってきたときも、不思議と嫉妬は感じなかった。

 自分でもある程度の成績を残したことがあれば、指導する際にどうしても自分の体験が含まれてしまう。その体験の「負」の部分、こだわりやコンプレックスが、眼鏡を曇らせてしまうことはあり得る。自分の目の前の選手をあるがままに受け入れる「謙虚」さが大切なのだと思う。

 東スイの大先輩である青木先生からは、こんな教えも受けた。「コーチとして選手を指導するときには、まず大胆な仮説を立てろ」というものである。

 選手をこんなふうに育てたいとか、こんな泳ぎをめざしたいとか、まずは仮説を立て、それにはどんな解決すべき課題があるのかを見つける。その上で指導しなければいけないと教えられたのだ。ともすると、元選手だったという人がコーチになった場合、固定観念ができてしまっていることが多い。たとえばスタートはこうでなければいけない、泳ぎはこうあるべきだ、という先入観で見てしまうのだ。それを判断基準にして選手を見るから、「なんでこんな泳ぎしかできないのか」といった不満をもってしまいがちになる。