冷泉彰彦(作家、ジャーナリスト)

 共和党と民主党の党大会は無事に終了し、正式に「11月の投票日を目指した本選」がスタートした。だが、選挙戦は全く盛り上がっていない。党大会後の世論調査で、いきなりヒラリーがトランプに10%近い差をつけてしまったからだ。

 ちなみに、アメリカの大統領選というのは獲得票の単純集計で決まるわけではない。州ごとに決まっている選挙人数を、その州で勝利した候補は「総取り」するというルールになっており、全部で538の選挙人中270を取れば当選ということになる。この選挙人数の獲得においては、俗に「スイング・ステート」あるいは「バトル・グラウンド」と言われる中道州の勝敗がモノを言う。

米共和党全国大会で演説する同党大統領候補の不動産王、ドナルド・トランプ氏=7月21日、米オハイオ州(ロイター)
米共和党全国大会で演説する同党大統領候補の不動産王、ドナルド・トランプ氏=7月21日、米オハイオ州(ロイター)
 最新のデータによれば、勝敗を分ける中道州についても、フロリダ、ペンシルベニア、ミシガン、オハイオなどで軒並みヒラリーが大差でリードしている。獲得選挙人数の予測を集計すると、ヒラリーが362対176で勝っているというデータもある(政治サイト「リアル・クリアー・ポリティクス」の集計)。一体何が起きているのだろうか?

 一つには、共和党大会の後に行われた民主党大会が「オールスター・キャスト」で盛り上がったということがある。現職のオバマ大統領、ミシェル夫人、バイデン副大統領、ヒラリーの夫であるクリントン元大統領、そしてライバルのサンダース候補など、大変な顔ぶれが揃ったわけで、トランプ一家ばかりが目立っていた共和党大会に「差をつけた」というのは事実だろう。

 問題はそれだけではない。ここへきてトランプ候補の言動が、「コントロール不能」になっている。本来なら、この時期には、本選を意識して「大統領らしい」言動に変えていかねばならないはずなのだが、相変わらずの「暴言・放言」が続いているだけでなく、その内容が、身内であるはずの共和党内からも「ヒンシュク」を買っているのだ。

 発端は、イスラム教徒の戦没米兵一家の問題だった。イラクでアメリカ兵の息子が戦死した、イスラム教徒のキズル・カーンという人物が、民主党大会でスピーチを行ったのだが、そこに、トランプへの批判が含まれていた。つまり合衆国憲法が「信教の自由」を保障しているのにもかかわらず、トランプが「イスラム教徒の入国禁止」を主張しているのはおかしい、という主張を展開したのだった。

 これに対してトランプは、猛然と反論というか、罵倒を始めたのである。例えば「誰があのスピーチを書いたんだ? ヒラリーのスピーチライターか?」とか、「横で(カーン氏の)奥さんが黙っていたが、イスラム教のために女性は発言が禁じられていておかしい」などという具合だ。

 これは、大問題になった。トランプには、いくらでも謝罪するタイミングがあったにもかかわらず、ズルズルとケンカを売り続けた結果、「トランプは戦没者の一家をバカにしている」という批判が、共和党内からも上がるようになったのである。

 完全に「暴言モード」が止まらないトランプだが、8月6日(土)には、相変わらずの日本批判もやっている。「アメリカが攻撃されても日本人は戦ってくれない。どうせ家でソニーのテレビでも見ているだけだ」ということで、要するに安保条約など止めてしまえというのである。材料は以前と同じだし、「ソニーのテレビ」がどうとかという表現には絶望的なレトロ感があるのだが、それはともかく、同じ暴言でも表現がエスカレートしているのが「2016年夏バージョン」の特徴だ。

 さらに問題となったのは、「修正第2条」発言だ。「修正第2条」というのは、合衆国憲法の中の「武装の権利」を保障した条項のことだが、8月9日(火)にノース・カロライナ州で行ったスピーチで、トランプは「ヒラリーは(大統領になったら)修正第2条を潰すかもしれない。ヒラリーが指名した判事が揃ったら誰も手出しはできない」と述べている。

 要するにヒラリー政権になったら銃規制が強まるというのだが、問題はその後だ。「でも『修正第2条の連中』が何とかするだろう」。そうトランプは放言したのである。本人は否定しているが、「誰も手出しができなくなった後で、銃保有派の人々が何とかするだろう」とは、ヒラリーに対する暴力を教唆していると言われてもおかしくない。

 8月10日(水)には、「ISISの創設者はオバマ、ヒラリーも共同創設者だ」という放言をしたが、今では「この程度」ではあまり話題にならなくなってきている。メディアも、社会もマヒしてきているのだろう。もちろん、それは許容しているということではない。

 一連の暴言騒動と並行して、共和党の主流派との間にも再び亀裂が走るようになった。中でも、党内の最高権力者であるポール・ライアン下院議長について、カーン氏の問題で同議長が批判をしたことに腹を立てたトランプは、議長の「再選を目指した予備選」において、「支持せず」という表明を行った。

 これはまさに政界激震という事態である。背景には「現職の議長でも予備選の洗礼を経ないと再選に出馬できない」という厳格なルールを逆手に取って、「トランプ派の候補が刺客に立っていた」という事実があっただけに、深刻な問題となった。

 さすがにトランプは後になって「不支持」を撤回したし、8月9日の予備選ではライアン議長が80%以上の票を取って圧勝したために「事なきを得た」が、この確執を契機として、党内の動揺は激しくなっていった。特に11月の総選挙で、このままいくと、トランプ批判のモメンタムが、そのまま共和党の議員への批判にもなり、共和党が「上院の過半数を失う」という恐怖が広がっているのだ。

 そんな中、リチャード・アーミテージ氏など共和党系の「安全保障のスペシャリスト50人」が連名でトランプ不支持を宣言したり、共和党の環境長官経験者人も同様の宣言をしたりするなど、党内に「脱トランプ」の「ドミノ現象」が起きつつある。

 中には「負けず嫌いのトランプは、どこかで選挙戦を放棄するのでは?」という見方も出ているし、その方が11月の上下両院議会選挙の「足を引っ張らない」という声もある。事態の急展開に動揺した共和党全国委員会は、ラインス・プリーバス全国委員長が「トランプ氏には自分のゴルフ場で休暇を取ってもらっていた方がよかった」というホンネを漏らすなど、もはや共和党の選挙への態勢は崩壊を始めたと言っていい。

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