三浦瑠麗(国際政治学者)


初の本格的な政策演説


 アメリカ大統領選挙における共和党の予備選が事実上終わりました。焦点となっていたインディアナ州の予備選でトランプ氏が圧勝し、クルーズ、ケーシック両候補は選挙戦から離脱、トランプ氏が共和党の指名を得るのはほぼ確実な情勢となったのです。民主党側のヒラリー氏有利と並び、本選の構図はトランプ対ヒラリーということになります。夏に行われる党大会や本選に向けてまだまだ話題を提供してくれそうですが、本日は、4月27日に行われたトランプの初の本格的な政策演説について考えたいと思います。

 同演説についての日本での受け止め方は、ゴールデンウィーク直前ということもあって、初めてプロンプターを使ったとか、日本を含む同盟国の負担増が求められたとか、表面的な分析に終始しているきらいがあります。しかし、「トランプ大統領」が実現すればもちろんのこと、仮にしなかったとしても、米国と世界の未来にとってとても重要な示唆に富む演説であったと思っています。
集会で支持者から歓迎を受ける共和党大統領候補のトランプ氏=6月18日、米アリゾナ州
集会で支持者から歓迎を受ける共和党大統領候補のトランプ氏=6月18日、米アリゾナ州
 そもそも、トランプ氏が躍進を続けているのは、米国民の本音を体現しているからです。そして、この時点でトランプ氏が初の本格的な政策演説を行ったということは、米国民の本音を体系化する段階に来たということです。実は、私自身たいへん感心してしまったというのが正直なところです。時代の雰囲気に言葉が与えられたという印象を持ったからです。ひとたび言葉が与えられると、我々はその前の世界には戻れないのではないかとさえ思っています。

 トランプ氏自身は自らをレーガン大統領になぞらえることを好みます。既存の政治に対するアウトサイダーで、国民に分かりやすい言葉で語る、それでいて、米国の強さを象徴する存在であるという。トランプ氏の外交演説には、確かにレーガンを意識した部分が多々見受けられます。もっとも端的にそれが表れているのは、「外交チーム」の総入れ替えを明確にしている部分でしょう。レーガンも、当時の外交エスタブリッシュメントを軽視し、カリフォルニアやテキサスから引き連れた子飼いの「カウボーイ」達に重責を担わせています。

 しかし、私は、「トランプ外交」を考える際にもっとも参考になるのは、ニクソン大統領の政策なのではないかという印象を持ちました。ニクソン外交を表現する際にもっとも使われるのが「現実主義」ですが、トランプ氏の演説は同氏流の現実主義宣言であったと思っています。トランプ氏は、冷戦終結後から民主・共和双方の政権の下で進められた普遍主義に対して極めて懐疑的です。

 それは、端的にはブッシュ(子)型の介入主義の否定であり、同時に、クリントン=オバマ型の国際協調路線への懐疑でもあります。米国外交は普遍主義と現実主義の間を、そして国際主義と孤立主義の間を揺れ動いてきたわけですが、トランプ演説は2016年という時代背景を背負った現時点での、共和党的な世界観をとてもよく体現したものに仕上がっているのです。