安倍宏行(Japan In-depth 編集長、ジャーナリスト)


 小池氏をヒトラーに例える批判があるらしい。なんでも都知事選で小池氏が支持者にグリーンのものを持って応援に駆け付けるよう呼びかけたことで、街頭演説会が緑一色に染まったことなどから、大衆扇動だ、などと決めつけているご仁がいるようだ。ばかげた話だ。選挙なぞ、多かれ少なかれ動員がかかっているものだ。多くの政治家も自分のイメージカラーを持っている。その色で印刷されたパンフレットを増田寛也候補、鳥越俊太郎候補、どちらの支援者も振りかざしていましたが? ちなみに増田寛也候補もイメージカラーも「グリーン」だった。未だに増田選対は何故小池氏と同じ色にしたのか理解に苦しむ。それはさておき、「グリーン」はかつて小池氏がいた日本新党のイメージカラーでもあった。 

日本新党から正式出馬会見の海江田万里、左は小池百合子氏=1993年6月24日、東京都港区高輪の日本新党本部
日本新党から正式出馬会見の海江田万里、左は小池百合
子氏=1993年6月24日、東京都港区高輪の日本新党本部
 私が初めて小池百合子氏を見たのは、1993年、衆議院議員選挙の時だ。日本新党が躍進した年である。しかし、どのマスコミもこの新党の力を侮っていた。その証拠に、東京・高輪の日本新党本部に張り付いていた自分は経済部だったし、新聞記者ですら家庭部やら科学部やら、政治部の記者は一人としていなかった。「フジさん、今入っていった政治家、誰?」とよその記者に聞かれても「さあ?」と答えるしかなかった。笑い話だ。何故そんなことになっていたのか?答えは簡単。マスコミが55年体制から抜け出せていなかったのだ。日本新党の力をあまりに見くびっていた。細川護熙氏がその後総理の座につくなど誰が予想しただろうか。今でも瞼に焼き付いて離れないのは、記者の問いかけに応えず、細川氏に寄り添う小池氏の後ろ姿だ。

 その後氏はその時その時政治家として所属政党を変えていったことから、「政界渡り鳥」という有難くないニックネームまで頂戴した。しかし、党を飛び出して他の党に入ったり、新党を作ったりする政治家など枚挙に暇がない。何も小池氏にかぎったことではない。ではなぜ彼女はそうした批判を受けるのか? 女性だから? それともその“転身”が成功しているから? おそらくはどちらもだろうが、私はその日本人離れした思考パターン、行動パターンも大きな要因ではないかと思っている。特に中年以上の男性には受けが悪いように見える。