平安から明治に至るまでの政治や経済など様々な分野で活躍した歴史上の偉人たち。彼らの年収を当時の税収や給与などから現在の価値に換算し、高い順にランキングを作成した。

 作成にあたり、『日本人の給与明細 古典で読み解く物価事情』(角川ソフィア文庫)の著者である山口博・富山大学名誉教授、そして歴史研究家で文教大学付属高等学校教諭の河合敦氏の協力を仰いだ。
岐阜市制120周年を記念し平成21年に建てられた黄金の織田信長像=岐阜市
岐阜市制120周年を記念し平成21年に建てられた
黄金の織田信長像=岐阜市
 堂々の1位は織田信長だ。1568年に足利義昭を擁して上洛した時点での直轄領は尾張と美濃のみで、石高は約110万石だった。しかし室町幕府を滅ぼした後は破竹の勢いで領地を広げ、直轄領の石高を約700万石にまで拡大したことが1位となった要因だ。

 今回、ランキングをつけた年収のうち、信長ら大名のものは石高に特別な計算を行なって算出した。

「大名は総石高のうち半分を農民に与え、もう半分を税として徴収したとして計算(五公五民)。そのうち3分の2を臣下に与えるので、大名の年収は総石高の6分の1となる。信長でいえば、年収は117万石になります」(山口氏)

 ランキングに戻る。2位は徳川家康。1600年、東軍の総大将として関ヶ原の戦いで勝利し、江戸幕府を開いた。

「当時の全国総石高は1851万石ですが、その中には大名の所領や家臣へ与える知行地(※注)も含まれます。徳川幕府の財政基盤は400万石の直轄領(天領)でした。そのため家康自身の年収は67万石となります」(山口氏)

【※注/下級武士が手柄をたてると褒美として与えられた領地】

 3位は豊臣秀吉。全国の大名を臣従させ、初の天下統一を成し遂げたが、直轄領はそれほど多くなく、222万石。自身の年収となると37万石である。

 彼らの年収を現在の金額に換算すると、信長は1750億円、家康は1000億円、秀吉は555億円(米1石=1000合=150kgで、当時の米の価値から15万円と換算)。三英傑と呼ばれるだけあって、ケタ外れの数字だ。だがこれだけではなく、実は石高には現われない莫大な副収入もあったという。前出の山口氏はこう話す。

「秀吉は直轄領の石高だけでいえば信長や家康に比べて低い。しかし金山や銀山からの収入が莫大でした。下越地方の越後金山を掌握していたことで、当時全国の金の産出量の3割を手中におさめていたといわれています」

 家康も同様だ。家康が没した後、駿府城内の金蔵にはおよそ200万両(約2000億円/※注)が蓄えられていたとの文献が残されている。英傑の財産は計り知れない。

【※注/江戸初期の1両は現在の10万円として計算】

 4位、5位は川中島の決戦で相見えた上杉謙信(24万石=335億円)と武田信玄(22万石=362億円)だ。やはり広い領地を支配した戦国武将が年収も高い。信玄はそれ以外にも甲州金で知られる黒川金山の収入があった。謙信のほうは、その当時まだ佐渡金山が発見されていなかった。


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