増沢隆太(人事コンサルタント 株式会社RMロンドンパートナーズ代表取締役)
        


 NHKの子供の貧困問題で取り上げられた女子生徒が、実は貧困ではないのではないかという強い批判を呼び、炎上騒動が起きました。番組制作に問題があることには同意ですが、もう一つ、出演者が語る夢とキャリアについても強い違和感を覚えます。それはキャリア教育が目的を果たせていないことにより、貧困の連鎖放置にもつながる教育の課題です。

炎上の原因

 番組が貧困の例として紹介した女子生徒は、自室の風景や高価な趣味のコレクション、食事風景をSNSで投稿していたことが暴露され、「貧困ではない」という批判が起きました。番組制作上の偽装だという批判も呼び、騒動が拡大しています。政治家の片山さつき議員も参加し、いまだ延焼中といえます。

 貧困の定義が明確に共有されず個人の感覚も交錯する中、多分に番組の流れが一方的で安易な「貧困、かわいそう」という風潮に寄ったことで、自己責任論が強いネット世論を刺激したといえます。パソコンが買えずに千円のキーボードで練習したという逸話も、無料でパソコンが習える環境がある等、ツッコミどころは確かに多々あります。

 もう一つの批判は貧困環境であるにもかかわらず、「夢であるアニメーション関係の仕事に就きたい」という願望が果たせないことへの不満を述べていた点に向かいました。アニメーションの仕事がどんなものか、それこそちょっと調べればわかる今、貧困から抜け出そうとせず、食うのもやっとといわれるキャリアを志向し、それがかなえられないのはかわいそうだというトーンは強い批判を呼んでも仕方ありません。

 貧困が偽装かどうかを判断する立場にはありませんが、「貧困だから望むキャリアがかなえられない」という主張には、キャリア教育を実践する立場として強い違和感があります。「夢をかなえる」ことがキャリアではなく、キャリア教育はそうした夢と現実の違いや、その困難を克服するための思考や行動を選択できる力の養成を目指すものだからです。

キャリア教育の実態はどうなっているか

 平成20年の中央教育審議会答申で、「幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について」として新しい学習指導要領でのキャリア教育の充実が求められました。今学校教育で求められているのは「生きる力」であり、キャリア教育推進はそのために注力されているのです。(文科省「高等学校キャリア教育の手引き」より)

 正に「生きる力」の養成がキャリア教育であり、そのためには情報のリテラシーからメンタルタフネスまで、自分自身が社会に揉まれながらも生存する、技術なり思考なりを身に付けさせることが欠かせないといえます。しかし一方学校教育現場では、「夢をかなえる」式の説話がいまでも蔓延していると感じます。

 例えば小学校や中学校などで社会人の話を聞く催しがありますが、私が知る限りの狭い範囲ですと医者や弁護士、公務員の方が来ることはあっても、工場労働者、サービス業で店頭に立つ人、営業職で一日中走り回る人はなかなか登場しないようです。

 今、日本のキャリア状況で、生産職、サービス職、営業職以外に就く可能性はどのくらいあるでしょう。まして医師や弁護士に就けるのはごくごく例外的なほんの一部の人だけです。もっとも中心的なキャリアへの理解が著しく欠けた結果、イメージが持ちやすい医師・弁護士等ごく一部の専門職、芸術や芸能、プロスポーツといった、これまた例外的なキャリアの夢と現実を混同してしまう子供が出ています。

 小学生が将来はお花屋さんになりたい、Jリーガーになりたいといっている分には何の問題もありませんが、それを高校や大学という現実のキャリア選択においても変わらなかったらどうでしょう、ろくな調査もせず、知識もないままにです。