井上政典(歴史ナビゲーター)


 自民党の東京都議連の舛添支持を受けて自民党本部もそれを尊重するというあいまいな判断を下しました。しかし、若手の注目株、小泉進次郎氏はきちっと筋を通した行動をしています。舛添を支持しないと発言し、党から注意を受けても2度目の支持しない発言しました。見ていて気持ちがいいですね。
会議で司会を務める小泉進次氏=2015年10月
会議で司会を務める小泉進次氏=2015年10月
 細川の殿さまがオリンピック辞退発言で急速にその支持を失いつつある中、マスコミはその注目を公明党の支持を取り付けた舛添氏に向けようとした矢先の行動で、時期的にもすごく的を得ていると感心しています。その理由が、舛添氏が自民党が解党危機にあった時に、国民の人気の高く注目度も高かった舛添氏が自民党の復権のために汗を掻こうともせずに、すたこらさっさと逃げ出したことを挙げています。

 この当時の舛添氏の半島的な、いや反党的な行動が自民党の低落ムードに拍車をかけ、残った人たちは塗炭の苦しみを味わったのです。自民党が田母神当時航空幕僚長を「日本はいい国だ」と書いた論文が村山談話等の政府見解に反すると更迭したことにより、保守層というよりも普通の日本人の共通認識を裏切ったため、急速にその支持を失い、総選挙で大敗を喫した後のことでした。

 ほんの4年ほど前のことです。その当時、自民党の金庫には莫大な借金の証書しか残っていなかったそうです。それをみた舛添氏は泥船に乗っていたら一緒に沈んでしまうとさっさと逃げ出したのです。これはあたかも次のお話を彷彿させます。

 1937年12月に日本軍の南京攻略戦の際にCHINA国民党軍の司令官は日本軍を上回る兵力と日本軍よりも高性能なドイツ製の兵器を持っていたにもかかわらず、潰走を始めた国民党軍を見て、真っ先に逃げ出してしまいました。すると、30万を超える国民党軍は司令官の潰走を目の当たりにして、規律ある軍隊から、ただの武装したならず者に変身し(もともとその素養がたっぷりとあったのですが)、自国民への略奪・強姦をしはじめました。

 それをいつの間にか日本軍のせいだと言い始めて、それに拍車をかけて認めたのが日本人の中にいる左巻きの連中です。その人たちが持っている共通認識は「自虐史観」です。田母神候補が昨日事務所開きの前に靖国神社に参拝されました。そこで、報道陣から「東京都知事になっても参拝されますか?」というばかげた質問が投げかけられました。