西岡力(東京基督教大学教授)

 金正恩政権はついに末期現象を見せ始めた。北朝鮮内部から伝わってくる多数の情報は、商売で自分の生活をどう守るのかしか考えていない住民たちはもとより、治安機関と軍や党の幹部らにさえ見捨てられつつある若い独裁者が、最大の支援国中国指導部を怒らせてしまった姿を赤裸々に伝えている。

北朝鮮の労働新聞が8月29日に掲載した金日成社会主義青年同盟の大会で演説する金正恩朝鮮労働党委員長の写真
北朝鮮の労働新聞が8月29日に掲載した金日成社会主義青年同盟の大会で演説する金正恩朝鮮労働党委員長の写真
 金正恩は、米本土まで届く核ミサイルを持って第2次朝鮮戦争を仕掛けるという金日成が1950年代に構想し、金正日が住民の15%を餓死させても強行した大戦略を完成させようと繰り返し実験をしている。かなり技術水準は上がり、あと数回実験すれば完成するか、すでに完成した可能性すらある。一方、独裁者が暗殺されるなど政権が突然崩壊する可能性も高まっている。政権崩壊のプロセスで、自分を守るためには何でもする独裁者のエゴイズムが、大規模な軍事挑発や韓国などに対するテロを引き起こす危険性がある。

 一方、虎視眈々と半島全体を属国化しようと狙っている中国は言うことを聞かない金正恩にあきれて、厳しい制裁で屈服させるか、本人抜きの「新しい朝鮮」すなわち、親中で改革開放を行い、米韓の影響力を北進させない新政権の樹立を構想し始めている。中国首脳は親中政権樹立の過程で、韓国は対中経済依存度の高さを使っていくらでもコントロールできると判断しているという。

 金正恩政権が倒れるプロセスは始まった。我が国と東アジア全体の自由民主主義勢力にとって最善のシナリオは、韓国と北朝鮮住民たちが主導する自由統一だ。最悪のシナリオは、金正恩が戦争やテロをしかけて大きな被害が出ることだ。次悪、あるいは長期的に見ると最悪とも言えるシナリオは、中国主導で金正恩政権が倒され、親中政権が北朝鮮地域にでき、韓国でも米国との同盟を破棄して中国と結ぼうという勢力が政権をとって半島全体が中国の影響下に入り「核を持つ反日国家」となることだ。

 最善と最悪の間にさまざまな中間形があり得るが、まずその両極端を頭に置いて、我が国としては、できれば大混乱になる前にまず拉致被害者を助け出し、その上で抑止力を高めるため、現状の日米韓の3国軍事連繋を強める一方、最悪の場合、対馬が「核を持つ反日国家」との軍事的最前線となることもあり得ることを想定して、自衛力を高める努力をしなければならない。白村江の戦いで負けたあとと同じ地政学上の危機が来るかもしれない。現代版「防人」すなわち、憲法改正と軍備増強を急ぐべきときだ。

 北朝鮮内部からの情報を紹介しよう。

 住民は金正恩への忠誠心を持っていない。昨年10月、労働党創建70周年記念日に金正恩政権が住民に配った贈り物の中に、子供のための飴があった。しかし、国産のその飴は固くて不味いもので、子供らを失望させ、ある地方都市では金日成、金正日の銅像に向かってその飴を献げて「首領さまが召し上がって下さい。私たちは市場で買った飴を食べます」と話した子供が捕まった。