李英和(関西大学教授)

 金正恩政権の暴走がどうにも止まらない。外向けは、核ミサイル開発を予想以上に急加速させている。内向けには、高級幹部を相次いで粛清している。

 北朝鮮の核問題は長らく「核・ミサイル開発」と表現されてきた。核とミサイルの間に「中黒(・)」を挿入する書き方だ。核弾頭の小型化が進まず、弾道ミサイルの精度と飛距離が不足なので、戦力化はかなり先の話だという前提に立っていたからだ。

 ところが北朝鮮の核戦力は実戦配備の段階にまで近づく。今や「開発」の二文字と中黒を取り払い「核ミサイル問題」と表現するのが正しい。核ミサイルの現実的な脅威が周辺諸国の目と鼻の先に迫り来る。

 金正恩政権が発足して5年を迎えるが、その間に処刑された高級幹部は100名を越す。確かに金正日政権の発足時にも粛清の嵐が吹き荒れた。犠牲者だけ数えれば、そのときの方が二桁も人数が多い。だが、先代が殺したのは大部分が地方の幹部や庶民だ。亡き金日成を慕う雰囲気を一掃し、金正日時代の到来を世に知らしめるのが狙いだった。ところが、金正恩は高級幹部を狙い撃ちだ。
北朝鮮の労働新聞が掲載した、発射訓練を視察する金正恩氏の写真(共同)
北朝鮮の労働新聞が掲載した、発射訓練を視察する金正恩氏の写真(共同)
 側近たちを死の恐怖に陥れ、その余波で海外に逃亡する幹部が相次ぐ。その心はいったい何なのか、理解に苦しむ。

 はっきりしているのはひとつ。北朝鮮は暴君の率いる核武装した「ならず者国家」ということである。突然の大きな危険に直面すると、ひとも国家も異様な言動に走ることがある。北朝鮮の核ミサイル問題で、中国の責任は極めて大だ。運搬機器、工作機械、ロケット燃料など、中国の歴代政権あるいは軍部による助力なしには、北朝鮮が核武装することはできなかった。

 ところが習近平政権は自国の責任を棚に上げ、高高度防衛ミサイルの配備問題で韓国に八つ当たりする。正気を失っているのは中国だけではないようだ。日本と韓国の言論界と専門家も同じ。防衛ミサイル無用論を言い立て「交渉」による平和的解決を唱える。核ミサイルの迎撃が技術的に困難だとしても、その代案が「交渉」になるわけではない。むしろ経緯を振り返れば、北朝鮮との「交渉」がいかに無力であるかは容易にわかる。

 かつてアメリカを含む国際社会は軽水炉建設を含む多額の経済援助を北朝鮮に提供した(94年核合意)。あるいは、韓国の左翼政権が莫大な経済支援をほぼ無条件で10年間も注ぎ込んだ。その結果が、いま目の前にある重大な核ミサイル危機である。交渉で核兵器を放棄するつもりは北朝鮮にない。

 だとすれば、交渉以外の手段を探るほかない。有力な代案のひとつは軍事的手段だ。防御が無理と言うなら、攻撃で相手を制するしかない。だが、この選択肢は筆者を含む「平和愛好家」にとってはきつい。戦争を望まないというのなら、別の手段を真剣に急いで準備するほかない。筆者のいち押しは「亡命政権の樹立」だ。暴政に苦しむ国民が海外に亡命政権を作るのは珍しくない。

 むしろ、その機運が醸成されないことの方が奇妙だ。だが、北朝鮮では亡命政権の機運が芽生えなかった。それには理由がある。ひとつは、韓国という強力な「反体制勢力」「合法政府」が存在すること。「どうせ統一するのだから、亡命政府は要らない」との論法だ。東西ドイツの場合のように、急激な吸収統一を想定する場合には、合理的で説得力がある。