田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

 最近、いわゆるリフレ派のメンバー(エコノミスト、経済学者、評論家などからなる緩い政策集団)と何度も話す機会があった。リフレは、単にデフレを脱却し、低インフレ状態で経済を活性化させることを目指す政策の総称である。経済の活性化の中身は、雇用の改善、一人当たりの生活水準の向上などが含まれる。ちなみにリフレはリフレーションの略語である。

 日本の雇用状況は失業率をみると3%で、また有効求人倍率など雇用指標は極めていい。また(主に反アベノミクス陣営で話題の)実質賃金も、雇用増加の中で、最近は上昇傾向にある。つまり名目賃金の変化が、物価水準の変化以上に増加している。この実質賃金は雇用環境にとっていい傾向だ。ただ、実質賃金は一面で企業側のコストにあたるので、これが増加することは採用減につながるが、いまの日本では雇用と実質賃金、両方の増加がみられる。すわなち、さきほどのリフレの最終目的として掲示した、雇用の改善と1人当たり生活水準の向上が見られるということでもある。この理由は簡単で、雇用状況が改善している結果、名目賃金など雇用環境も改善しなくては、企業サイドが望む人材が集まらないからだ。
平成29年春に卒業予定の大学生らを対象とした企業の採用面接が解禁され、三菱商事本社の受付に並ぶ学生たち。平成27年では8月だった選考開始時期が6月に前倒しされた=6月1日午前、東京都千代田区
平成29年春に卒業予定の大学生らを対象とした企業の採用面接が解禁され、三菱商事本社の受付に並ぶ学生たち。平成27年では8月だった選考開始時期が6月に前倒しされた=6月1日午前、東京都千代田区
 問題は物価水準だろう。現状では消費者物価指数をみると、総合、生鮮食料品を除く総合はマイナス、そして食料及びエネルギーを除く総合(コアコアCPI)もプラス幅を縮小させている。つまり、いまだに実質的なデフレ経済にあるのだ。例えば、実質賃金は名目賃金を物価水準で割ったものである。分母の方は多少減少しても分母の伸びの方が大きいので、いま現在の実質賃金は、わずかにではあるが増加傾向にある。ただし他方で、物価水準の低落傾向は、日本経済の消費や投資などが活性化していないことを裏付けている。つまりもっと消費や投資が活発化すれば、物価水準は上昇し、いまの雇用環境はさらに改善(具体的には名目賃金のさらなる増加、非正規雇用の正規雇用への転換、社内失業的状況の消滅、ブラック企業の淘汰など)がみられるはずだ。実質賃金の分母も増えるが、それ以上に、失業率低下など雇用環境がいっそう改善されることで分子の報酬部分が増加する。やがて労働市場は完全雇用状態に到達し、失業率も2.5%近傍に下がると思われる。この段階では、物価水準も2%前後に到達しているとみるのがリフレ派の考えである。

 確かに現状の雇用状況は堅調であり、次第に「完全雇用」水準に向かって進んでいる。しかし他方で物価水準については、リフレ派の望むような水準には遠い。リフレ的な傾向が進めば、さらに雇用の改善スピードがあがり、また一人当たりの生活水準も改善するだろう。ここに冒頭に登場したリフレ派の共通の問題意識がある。

 そして日本では物価の好ましい水準を達成する責務を負うのは、日本銀行である。日銀は9月に総括的検証を行う。理解が乏しいか、またはアベノミクスに批判的なエコノミストやアナリスト、経済評論家やメディアの記者などからは、この日銀の「総括的検証」がいままでの金融緩和スタンスを「やめる」方向で検証しているかのように取る向きがとても多い。もちろん日銀の公式文書や日銀総裁・副総裁らの発言を素直に読めば、インフレ目標達成のために金融緩和の方策をどうすればいいかという検証であり、「やめる」方向ではなく「おしすすめる」方向と考えるのが正解だ。