矢野利裕(批評家、ライター)

 1988(昭和63)年に結成され1991(平成3)年にデビューしたSMAPは、ふたつの時代性とともに歩んでいる。すなわち、西暦で表される「1990年代」と、元号で表される「平成」のふたつである。その時代が西暦で表されるか元号で表されるか、ということは、その時代をどのような視点から捉えるかという問題に関わる。例えば大澤真幸は『戦後の思想空間』(ちくま新書)で、「昭和三十年代」という言いかたが頻繁にされるのに対し「昭和五十年代とか昭和六十年代」という言いかたがほとんどされないことについて、「昭和三十年代というイメージを持てるのは、日本人か日本に相当コミットしている人だけなんですね」と指摘する。そして、「自分が日本人であるということはもちろんわかっていても、そのことに特別な意味を見出せなくなっているときに、十九××年代という表現になるわけですね」と述べる。

 SMAPが活躍する時代は、すでに西暦で表されるのが一般的になっている時代である。大澤の立場からすれば、それは、「自分が日本人であるということ」に「特別な意味を見出せなくなっている」時代である。そのことを象徴するかのように、SMAPが結成されるのとほぼ同時期、1988年末から1989年初頭には、洋楽専門のJ-WAVEで日本の音楽をプレイするという目的のもと、「J-POP」という呼称が生まれている。この呼称が定着していくのは、「J」リーグ開幕に沸く1993年あたりであり、これはSMAPの人気が上昇していく時期でもある。ジャーナリストの烏賀谷弘道は『Jポップとは何か』(岩波新書)において、「J-POP」という呼称が浸透していく経緯を追いながら、「J-POP」が「日本の土俗的な要素と決別し、洋楽に限りなく近づけた音楽」という「遺伝子を受け継ぐことになった」と論じている。SMAPが活躍するのは、まさにこの「J-POP」台頭の時期だ。
 そんなSMAPは、世界的なクラブミュージックの隆盛や、それにともなういわゆる渋谷系のムーヴメントと強く共振している(このことについては、拙著『SMAPは終わらない』(垣内出版)の第2章を参照して欲しい)。先の烏賀谷は、渋谷系とJポップの関係について、「限りなく洋楽に近い、「メイド・イン・ジャパンの洋楽」である渋谷系を聞いた人々は「こういう音楽がJポップなのだな」と(合っているかどうかは別として)納得したのである」と指摘する。だとすれば、SMAPにおける「1990年代」性とは、歌謡界やアイドル界に「洋楽」性を持ち込んだことに他ならない。たしかに日本の音楽だが、そのことに特別な意味を求めない。「1990年代」の「J-POP」時代を生きるSMAPが追求した音楽的態度は、そのようなグローバルな側面があった。