成馬零一(ドラマ評論家)

(Yahoo!個人より 2016年9月8日分を転載)
 8月14日にSMAP解散の報道が出た後、朝日新聞から二度、別の記者によるコメント取材を受けた。一回目は電話取材で色々話したのだが、紙面の都合で「ファンの思い入れも強く、解散のタイミングは難しかった。圧倒的な存在なのに、もっときれいに終われなかったのかと残念だ」という部分のみが使用された。


 二度目に連絡いただいた記者の方とは直接お会いして、色々喋った。


 前回よりは文字数は増えたのだが、それでも使われた部分は、全体の一部だ。コメント取材はこういうものだと納得しているので、使われた部分に関しての異論はない。ただ、長時間喋ったことで、自分の中で考えがまとまってきたので、今回は取材内容を思い出しながら、SMAP解散について書いてみたい。

 SMAP解散については、1月13日に4人が事務所を退社して独立するという報道が出た時に一度書いている。


 これも、電話で話したことをまとめていただいたものだが、SMAPが芸能界で果たした歴史的役割はそれなりに、まとまっていると思う。同時に、ここに筆者独自の視点があるとすれば、SMAPの解散を、「国民的アイドルグループとして背負わされていた十字架からの解放」だと、やや肯定的に語っていることにあるのではないかと思う。

画像はイメージです
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 まず前提として、自分はものごとが長く続くことが必ずしも正しいとは思っていない。アイドルグループにもバラエティ番組にも、漫画の連載にも、旬というものが必ずある。旬を過ぎれば、どんなに優秀なスタッフがいても、魅力は下り坂となっていく。同時に関係者の才能はすり減っていき、いずれファンから飽きられてしまう。それなら一番いい時期に終わらせてあげることが、ファンにとっても関係者にとっても、もっとも幸福ではないだろうか。それに、終わるべき時にちゃんと終わることができれば、第二のスタートを切ることができる。

 SMAPのメンバーに関してはそれぞれが才能のあるタレントであることは間違えない。だとしたら、SMAPという枠に縛られず、新しい道を見つける方が、彼らのタレント人生を豊かで幸福なものにできるのではないか。マネージャーと副社長の対立に巻き込まれる形での独立とはいえ、保守化したテレビの中で、息苦しそうにしている今のSMAPを見ていると、新しい道に進む方が彼らしい生き方なのではないかと思った。

 その意味で、いろいろ保留はあるものの一月の時点では、解散して事務所から独立することが、そこまで悪いこととだとは思わなかった。むしろ“何か新しいことがはじまるのではないかと”いう、爽快感の方が強かった。