岩波明(精神科医)


SMAPは、国民的アイドルだ。それは間違いない。だが、その呼称ゆえに、SMAPのメンバーひとりひとりの身動きがとれなくなっているとしたら――!?

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 あまり興味を引かない小難しい話になってしまうかもしれないが、ここできちんと考えておきたいことがある。

 ここで我々が考えておくべき点は、「芸能タレント」と「文化」の関係なのだと思う。実は、この点が曖昧にされているがゆえに、解散報道における不透明感が強くなっているように感じられる。

 SMAPは、しばしば「国民的音楽グループ」という言葉で語られる。あるいは、日本を代表するグループと言われることも多い。これは栄誉ある称号かもしれないが、誤解を生む言葉でもあった。

 確かに、彼らは日本を代表する音楽グループである。グループとしての人気や、CDなどのセールスに関しても、音楽業界の第一人者であることに異論はないだろう。
 けれども、あらためて考えてみると、彼らが「作られた」アイドルであることに間違いはない。彼らは歌手であり芸能人であり、タレント事務所の所属タレントであって、「カルチャー」の担い手ではなし、私見ではあるが、彼ら自身からもそういった意識を(テレビからは)あまり感じない。

 当たり前のことであるが、「タレント」としての彼らの存在意義は、世の中の人気者となり、事務所に利益をもたらすことであるし、それが結局は本人の利益につながっている。だから「金」の問題で事務所とメンバーの間に、思い違いや行き違いも生じるし、メンバーの不和が生じても不思議ではないし、むしろ当たり前の話である。

 この点は、一般の企業における社員と会社、あるいは社員同士のトラブルと変わることはない。

 社員が、自分の会社の評価が高まって上手くいうことを願うが、それが最終的に自分の利益に返ってくるからだ。経営者は、商売がうまくいくよう考えて行動するだろうし、従業員が経営者に反旗をふりかざせば、会社から切り捨てられるのは当然である。あるいは、社員同士のあつれきから、会社を飛び出す社員もいるかもしれない。――こうして見れば、SMAPといっても、「会社」と「社員」の構図となんら違うところはない。