呉智英(評論家)

「長距離ランナー」の偉業


 「少年ジャンプ」連載の秋本治『こちら葛飾区亀有公園前派出所』が連載四十年、単行本全二百巻を期に完結する。偉業である。単一作品で最も巻数の多いマンガとしてギネスブックにも認定された。国際的にも名声が高まることになるが、紹介・言及する時、この書名はどうするんだろう。『Kochira・・・』とそのまま長々と書いても、略称で『Kochi-Kame』としても、どっちみち外国人には通じないし、といっても『Hello,This is・・・』と英訳すればいいというものでもなかろう。なんだか嬉しい悩みがマンガ界に起きそうな気配だ。

 四十年の長期連載というと、これに肩を並べるのは「ビッグコミック」連載のさいとうたかを『ゴルゴ13』ぐらいだろう。『ゴルゴ13』は、一九六八年連載開始だから四十八年の連載である。ただ、「ビッグ」は月二回刊誌(隔週刊誌とほぼ同義)だから、単行本は現在百八十巻ほどである。興味深いことに、両作品とも休載が一度もない。これもまた偉業の両雄と言えよう。

(C)秋本治・アトリエびーだま/集英社
 『こち亀』連載開始時、秋本治は当年二十四歳の新人マンガ家であった。事実上のデビュー作であり、それが代表作にもなっている。若い読者にはあまり知られていないことだが、連載当初、作者名は「山止(やまどめ)たつひこ」となっていた。単行本も古い版では六巻まで山止名義であり、この名義の単行本はマニアの間では珍重され、古書価も高くなっている。

 作者名改正の理由として、山上たつひこから抗議があったからだとされている。「少年ジャンプ」第三代編集長、西村繁男の回顧録『さらばわが青春の「少年ジャンプ」』には、その経緯が次のように記されている。「このペンネームは、『少年チャンピオン』に連載され評判になっていたギャグ漫画『がきデカ』の作者山上たつひこをもじってつけたものだった。投稿原稿の一回こっきりのペンネームとして作者は考えていたが、入選作を掲載してみたら、読者の反応がすこぶる強いので、急遽連載にふみ切ったのである。しかし、山上氏より、まぎらわしいからとペンネームにクレームがつき、昭和五十二年の秋に、本名の秋本治に変更することになる」

 山上たつひこからのクレームなるものがどの程度のものであったのか、文面からはよく分からない。作者当人はさほど気にもしていなかったが、編集部や出版社の版権管理部の強い意向が働いた可能性もある。というのも、秋本治名義に改正されている現行版『こち亀』第一巻でも、最終章名は「山止たつひこ笑劇場 交通安全76」のままだからである。