ともあれ、秋本治自身は、当時驚異的人気を誇っていた山上たつひこ『がきデカ』を愛読し、一種のパロディー作品を描こうと思ったのだろう。新人マンガ家が尊敬する先輩マンガ家に憧れることは自然である。このことはギャグの作り方にも表れている。

 『こち亀』の描線は、伝統的なギャグマンガの描線とは違い、劇画系の描線である。伝統的なギャグマンガ(ユーモアマンガ、ゆかいマンガなどと言った)の描線は、太さが均一で、省略法が多用され、輪郭線は閉じている。簡単に言えば、「略画」なのだ。

 しかし、一九七〇年代前半に、劇画系の描線で描くギャグマンガが登場し、爆発的な人気を博した。山上たつひこの『がきデカ』であり、これとほぼ同時期の楳図かずおの『まことちゃん』である。ギャグ大王と呼ばれた赤塚不二夫でさえ『天才バカボン』などでわかるように、伝統的な描線であった。秋本治は、この点でも山上の系譜に属している。

(C)秋本治・アトリエびーだま/集英社
 『こち亀』長期連載の理由は、初期設定の良さだろう。主人公が型破りの警察官、両津巡査長である。巡査長とは警察官の階級で下から二番目、ただし正式な階級ではない。駆け出しの新人ならともかく、二十代後半か三十代初めとおぼしき両津は、出世に興味がないということになる。ただし、ギャンブルや酒、少年誌だから露骨には描けないが、加えて女に興味がある。感情むき出しで粗暴なふるまいをする半面、おっちょこちょいの好人物でもある。

 これを取り巻くイケメンの伊達男の中川、鈍重な寺井、凶暴でヤクザまがいの戸塚・・・、連載数回でこれだけの役者をそろえた。どんな話でも演じさせられることになった。実際、その時ごとの流行物を巧みに取り込んだし、登場人物の入れ替えも適宜行っている。

 掲載誌「ジャンプ」の発行部数は、『こち亀』開始時が百八十万部、それ以降伸びが著しく、一九九五年には、六百五十万部に達した。現在は二百二十万部前後である。しかし、『こち亀』は常にアンケートで中央値を確保し、全掲載作の基準作ともなっていた。瞬間値でトップを取るのも十分に栄誉だが、四十年間、時代の変化にふり回されず安定的に笑いを演出できたのは並みの才能ではない。秋本治は偉業を成し遂げたと言っていいだろう。