大月隆寛(民俗学者、札幌国際大学人文学部教授)

 通称「こち亀」。この短く端折った呼ばれ方こそが、今様読み物文芸としてのニッポンマンガの栄光である。

 人気マンガ作品がこのように略して呼びならわされるようになったのは、概ね80年代末から90年代にかけてのころである。週刊『少年ジャンプ』の600万部以下、週刊誌でのマンガ商品がそのようなとんでもないオーダーで流通し消費されるようになった戦後ニッポンマンガのまさに黄金時代。そういう当時の情報環境があって初めて「スラダン」「ゴー宣」その他、人気を博したマンガ作品にこのような呼び方が当たり前にされるようになっていた。

 連載開始以来今年で40年、ということは当時でもすでに20年ほどたっていたことになる。そして、その間必ずしも第一線の人気を維持し続けていたとは言えない作品が「こち亀」と呼ばれるようになったのも、毎週の人気投票で生き残りが決められる最も苛烈な『少年ジャンプ』という舞台で、今日までしぶとく粘りに粘って生き残っていたからに他ならない。まずはこのことを、あの両さん以下「こち亀」世界の住人たち、そして作者の秋本治さんのために喜びたい。
「週刊少年ジャンプ」連載の人気漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」が連載が終了すると明かされ、漫画の舞台となったJR亀有駅近くの両津勘吉像と写真を撮るファン=9月3日夕、東京都葛飾区 -
「週刊少年ジャンプ」連載の人気漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」が連載が終了すると明かされ、漫画の舞台となったJR亀有駅近くの両津勘吉像と写真を撮るファン=9月3日夕、東京都葛飾区 -
 とはいえ、すでにこの「こち亀」の終了をめぐっては、専門家も含めていろんな方がそれぞれの視点でコメントしている。ここでいまさら屋上屋を架すのも野暮、ということで一点だけ。「こち亀」はいま、この時期に自ら幕を閉じてみせることで、マンガが正しく「通俗」であることに改めて思い至らせてくれた、このことをちょっと述べておきたい。

 足かけ十数年、延べ140本以上のマンガ作品を取り上げてきたテレビ番組『BSマンガ夜話』でも、「こち亀」は扱っていない。何度か候補にあがってはいたけれども、結局流れたのは、分量が多くて出演者がきちんと読み込むのが大変という物理的な制約とともに、やはりどこかで「連載」モノ、殊にこのような長期連載となったある種の国民的規模での「おはなし」が必然的に帯びざるを得ない、ある種の通俗性に対して敬して遠ざける意識がどこかで働いていたのかも知れない。そう言えば、「サザエさん」も取り上げていなかった。「ドラえもん」や「ゴルゴ13」は頑張って取り上げたのだけれども。