リオ五輪に続いてリオ・パラリンピックの競技風景が連日、日本にも届けられている。

 障害者スポーツが広く報道されることで、障害を持つ人々への認識が深まり、バリアフリー社会の必然性を多くの人が理解し支持する流れにつながる期待が込められている。

 一方で、報道露出が高まることで、障害者スポーツが「参加を重視する方向性」から「勝利至上主義」的な色合いを強め、さらにはプロ化の傾向も加速している。国際大会で優勝を重ねる各種競技の選手たちにはスポンサーがつき、中にはポスターやテレビCMに採用される有名選手も生まれている。

 競技力も年々向上し、オリンピックとの距離も詰まっているとの声があった中、今回リオ・パラリンピックで衝撃的な出来事が起こった。

 リオ・パラリンピック陸上男子1500メートルの優勝タイムが、リオ五輪の陸上男子1500メートル金メダリストのタイムを上回ったのだ。それどころか、パラリンピック4位までのタイムが、リオ五輪金メダリストより速かった。

 その背景には、1500メートルという競技が、とくに大舞台の決勝ではタイムを度外視して勝負の駆け引きが優先するレースだという現実がある。とくに今回のリオ五輪の決勝では稀に見るスローペースで進み、最近五輪では最も遅い優勝タイムだった。が、どんな理由があるにせよ、パラリンピックが新たな歴史を刻んだことは言うまでもない。

男子5000メートルでロープを手に伴走者と走る和田伸也選手=9月8日
男子5000メートルでロープを手に伴走者と走る和田伸也選手=9月8日 
 今大会、見ていて想像を超える感銘を受けた種目のひとつが、陸上の視覚障害者200メートル。私が見たのは女子のレースだった。手と手に短い紐を携えて、ガイド(伴走者)とともに曲走路を走る。タイムは23秒台だった。視界の閉ざされた平野を全速力で進む恐怖はどのようなものだろう。とても考えが及ばない。しかも、あの微妙な曲線を、たとえ伴走者の導きがあるにせよ、見事にレーンの中を進む感性に驚嘆した。ガイドとの寸分違わず揃った足並も美しかった。ガイドには当然、選手以上の走力と繊細な配慮が必要だろう。

 女子100メートルでは前回覇者がレース後、「ガイドが引っ張った」と判定され失格になった。障害者スポーツにはこうした難しい側面もある。

 パラリンピックがテレビや新聞で盛んに報じられるようになったのは、2000年にIOC(国際オリンピック委員会)とIPC(国際パラリンピック委員会)が正式に協定を結んだことが背景にある。オリンピック開催地は、五輪後にパラリンピック開催が義務付けられた。放映権を獲得した各国のテレビ局は、オリンピックを放送する権利を得ると同時に、一定時間以上のパラリンピック放送も求められる。